雪降る夜に教えてよ。
「はい。習い事が有りまして」

「今度は何の資格を取るの?」

「面白そうなものならなんでもでしょうか?」

表面上のみの会話ならできる。

わざとらしいくらいの素っ気なさで互いに応じて、エレベーターが一階に着くと開けるボタンを押す。

桐生さんはスッと横を通り過ぎ、私も後に続いた。

彼の後姿はあまり見たことはない。

いつも、私の後ろで見守ってくれていたから……。

そう考えてフッと苦笑する。
もう、考えても仕方がないことだ。

守衛室を通るとき、馴染みの警備員さんが私に気付いて声をかけてきた。

「おや。秋元さん、今日は早いですね」

「今日はって、この頃はちゃんと帰っていますよ?」

「あれ。だって、金曜は習い事なかったんじゃないのかい?」

ああ、そんな会話もしたんだっけ? 会話したことすら忘れている。

「金曜も習い始めたんです」

「今度は何を?」

「人間心理学の通信?」

「こりゃまた、けったいなものを……」

「昔、知り合いにカウンセラーがいたので、ちょっと興味がありまして」

そう言ってから手を振って歩き出す。

「ああ。秋元さん」

「はい?」

「風が強くて、雪も降ってきたから気をつけて」

もう? 私は瞬きをしながら社員入り口を開ける。

大粒の雪の結晶がドアの隙間から入り込んで一瞬息が詰まった。

酷い降りではないけれど、とにかく風が強い。鞄の中からマフラーを取り出して巻くと、社員入口から身を出した。

やばい。足元気をつけないと飛ばされそうだ。

手持ちサイズの長さに合わせたバックの紐を伸ばし、肩なら斜めに掛けてからゆっくり歩き出す。

ぼんやりと歩き続けて十分。結局向かい風に疲れて、近くのお店の軒先に非難した。

こういう時、免許があるとかなり便利かもしれない。もうちょっと時間がれば車の免許でも取ろうかな。

紫色の空を白い雪が横に縦に吹き上げられたりしていて忙しい。それを眺めていた時……。

「秋元さん?」

声のする方に顔を上げると、見覚えのある顔が目を丸くしていた。

「なんであなたは、いつも妙な時にいるんでしょう」

私の小さな呟きに、裕さんは苦笑する。

「妙も何も……ここ、僕の店だって知ってるでしょう」

言われてみて、以前、佳奈と来た店の前だったことに気がついた。

それにしても、この遭遇率はあまりないと思うんだけれど。
< 150 / 162 >

この作品をシェア

pagetop