ウサギとカメの物語 番外編


大きなベーコンが乗ったスープカレーを口の中いっぱいに頬張りながら、満面の笑みでコズが「おいひぃ〜」と身を震わせていた。
痩せの大食い・大野梢改め須和梢が戻ってきた証だ。


「ねぇ、コズ!聞いてる?順に結婚を意識させる方法!何か思いつかない?」


親友が切実な悩みを抱えているというのに、6ヶ月を過ぎた妊婦は呑気な顔で目の前のスープカレーにありついている。


「え?うんうん、もちろん聞いてるよ〜。ね、このカボチャ甘〜い!食べてみて!」

「わ、ほんとだ!めちゃくちゃ美味しい……ってそうじゃなくて!」


くそぅ、人妻の余裕たるや。
つい1ヶ月前までゲッソリしていた彼女の食欲の無さはどこへやら。
それまでの分を取り返すべく、ものすごい勢いで食している。


「ごめんごめん、ちゃんと聞いてるよ。でも私からアドバイス出来ることなんて無いんだよね。なにしろうちの場合は、本当に本当に本当に予想外の突然のプロポーズだったから。男が結婚を意識する瞬間っていうのはその人によるんだわ、たぶん」


言いながらまたしても柔らかいジャガイモを口に放り込むコズ。
その左手の薬指に、斜めに流れるようにあしらわれたダイヤが光る結婚指輪が眩しい。
シンプルだけど彼女らしいシャープな指輪。
それが勝者のご褒美みたいに見えてきて虚しくなる。


プロポーズの裏話を詳しく話してくれないコズに、それ以上アドバイスを求めるのも気が引ける。
そもそも彼女は須和とのあんなことやこんなことのエピソードもろくに話してくれないんだもの。
いつからこんなに照れ屋になったのか分からないわ。


「人によるのは分かってるけどさ〜……。私もそろそろご祝儀回収したいよ〜」


重いため息をついて、ピリ辛のスープに白米を浸して食べる。
舌の先を辛味がツンと刺激した。


去年の今頃、コズはここ毎年何度も何度も友達の結婚式に呼ばれ、ご祝儀貧乏になっていると愚痴っていたはずだった。
私と同じような立場だったはずなのに。
いつの間にか追い越されてしまった。


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