めぐり逢えたのに
結婚する直前のことだ。

佐々倉は、銀行を辞めて、戸川に移る準備でいろいろと忙しかった最中、ひょっこり父親に呼び出された。佐々倉のおちょこに熱燗を注ぎながら、父は渋い顔をしていた。

「女、切れてないだろ、戸川さんに嫌味言われたぞ、この前。」

「もう一緒に住んでないよ。しおりにアパート借りたよ。」

「お前があの狸親父を騙せるわけないだろうが。うるさいことは言わないからとにかくうまくやってくれよ。」

「戸川万里花ならしおりのこと、納得済みだから大丈夫だよ。だからマンションのことも頼んだだろう。」

「あの、戸川の娘だぞ、信じて大丈夫か? すぐ離婚なんて世間体の悪い事すんなよ。言うまでもないが、スキャンダルもごめんだからな。最近はすぐに大臣のエロ息子とか書かれちゃうからな。」

佐々倉代議士が気にしてるのは、世間体と評判だけだ。戸川万里花のことはもちろん、佐々倉のことさえ心配しているというわけではなさそうだった。

「じゃ、お袋が感づかないようにフォローしといてくれよ。マンションの件も頼むよ?」

佐々倉は少し強気に念を押した。

「お前、本当に戸川に入るなんて……、オレの後を継がなくていいのか?」

「兄貴がいるじゃんよ。オレには政治家は向いてない。」

「そうか……、じゃ、せいぜい戸川からの支援を期待してるぞ。」

佐々倉は改めて、父の手のひらで踊らされているような気分になった。もちろん、戸川万里花と離婚、などというばかげた結果になるようなことは避けるつもりだったし、しおりと切れるつもりもなかった。

しかし、この状態でいれば、父への圧力になるのだ、ということにも佐々倉は初めて気付いた。

結婚して、新居に移るころには、しおりは高校卒業の資格も手に入れ、何とか就職先を見つける事も出きた。
もちろん、手頃なところに納まるように佐々倉の父が手を回したのだが、しおりはそんなこととはつゆ知らず毎日張り切って働いていた。



< 194 / 270 >

この作品をシェア

pagetop