めぐり逢えたのに
私たちは、いつも核心に触れそうになると、どちらかが自制して、陽気な笑いやキスに変えてごまかしてきた。拓也も私も、本心をむき出しにしたら、無数の刺でお互いを傷つけてしまうことを知っているから。
だけど、悪いことをしているような後ろめたさとか、周りに気を遣う窮屈な生活とかで、お互いに爆発寸前だった。形にならない想いに私たちはイライラしていた。キスでごまかして何でもないようなふりをするには、私たちはお互いを愛しすぎていた。思えば、ずいぶんと前に一線を超えていたのかもしれない。


「あの時……、あなたが突然いなくなって、私は、結局五年間以上もあなたへの想いを引きずったのよ。あなたとのことに納得が出来ていれば、私だって、こんな風に佐々倉と結婚することはなかったのよ。
どうして? どうしてあなたは私のもとを離れたの? 何も言わずに突然。」

私は声をしゃくりあげて泣いていた。

「……どうしても、どうしても、君に『戸川』を捨てさせることは出来なかったんだ。君のお父さんは、戸川由起夫にとっては……、『戸川』が全てなんだ。『戸川』を捨てる君を、お父さんは許さないかもしれない、と思ったんだ。…だから、僕に出来ることは、お父さんの言う事を聞くことしかなかったんだ。」

「私は、あなたがいれば『戸川』なんて惜しくもない。」

「万里花さん、嘘は良くないよ。君は、『戸川のマリカ様』以外の何ものでもないんだよ。それは、自分でも分かっているだろう。」

「…………」

私は何と応えて良いか分からなかった。
一つだけ分かっていることがあるとすれば、私は拓也をこれ以上傷つけたり悲しませたりしたくない、ということだけだった。でも、それは、私が『戸川のマリカ様』であるならば、とても難しいことのように思えた。

「ごめん。今晩はゆっくり食事してきて。」

拓也はがっくりとうなだれる私の背中を優しくさすりながら慰めてくれた。



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