きみと、春が降るこの場所で
◇
症状と呼べる過眠は一定の波があるわけではなく、不定期に訪れるものらしい。
3月に入ってからはだいぶ落ち着いていて、たまに目を離すと半分夢の世界へ行っている事はあっても、揺さぶるとすぐに目を覚ます程度。
穏やかな時間が経過していた。詞織といて、慌ただしかった時間なんてないけれど。
春という事もあってか、風は冷たいが陽気は暖かい気候のせいで、俺が居眠りをする事が増えた。
「今年の桜前線は北上するのが早いんだって」
仲のいい看護師に聞いたと詞織は言った。
この間洗ったばかりの柔軟剤の香りがするホワイトタイガーのぬいぐるみを膝に乗せて、嬉しそうに。
「あー、なんかそんなんニュースで見たな」
「朔ってニュース観るんだ?」
「失礼だなお前。まあ、テレビじゃなくて携帯のニュースだけど」
つい先日兄貴が少し早めに家を出てから、父さんも母さんもわかり易く落ち込んでいる。
落ち込んでいるというか、兄貴の事はよく構っていたから、寂しいんだ。
だからって俺が代わりになってやろうとは思わないし、母さん達から願い下げだろうけれど。
「桜……見に行きたい」
ポツリと詞織が零した呟きを聞き逃さなかった。
桜の季節。詞織と初めて会った日から1年が経とうとしている。
去年の今頃は桜の蕾がまだ小さくて、4月に入ってようやく桃色が顔を覗かせ出したけれど、今年はかなり早く満開を迎えるそうだ。
ここから見ると、河川敷がすごく小さく見える。もともとあまり川幅が広くないから、細い線が流れているようだ。
桜は見事な桃色に染まっている。
満開ではないけれど、七分咲きといったところだろうか。
数日で、全ての蕾が開いて、桜吹雪が舞うんだろう。
連れて行ってやりたい。
いけないとわかっているけれど、河川敷の桜が満開を迎えたら詞織を連れて行きたいという欲求が高まる。
ほとんど感情に突き動かされただけのものに近い。