彼女のことは俺が守る【完全版】
「………」


 名前を言おうとするけど声が出なくて、沈黙だけが続く。篠崎海は声を出すことの出来ない私の電話を切ってしまうかもしれない。でも、少し時間が経っても電話が切られることなく、電話の向こう側で私の言葉を待つ吐息が聞こえる。そして、ちょうど、時計の針が深夜零時を差した時、私の心を震わせるバリトンの声が響いたのだった。


「…里桜だろ?」


「…うん」


「連絡待っていたよ。本当に」


 そんな優しく響く篠崎海の声が少しだけ収まりかけた涙に拍車を掛ける。胸に痛みの塊が押し上げてきて、私の中での言葉を次から次へと消していく。色々と言葉は浮かぶのに、そのどれもが言葉にはならなくて、長い沈黙の後に私の本音が零れ落ちた。


「助けて」


 私が望むのはこれだけだった。今、この瞬間にこの場から連れ去ってくれるなら誰でもいい。でも、今、それが出来るのは電話の向こうで私の声を聞いている篠崎海だけで、他の誰にも出来ないことだった。


「わかった。俺が今から里桜を迎えに行く。必要最低限の物だけでいいからバッグに入れとけ。車で行くから里桜の家の住所を教えてくれ」


 私がやっと口にした言葉に篠崎海の優しい声が答える。甘さを含んだ声が次々と指示を出していくのを聞きながら、私はホッとしてまた涙が零れた。彼の優しさが私を包み、安心した私に涙を零させる。それはさっきまでの苦しい涙ではなく優しさに包まれて安心した涙だった。


 そして、私が自分の住所を言うと、篠崎海が私を安心させるかのような穏やかな声を出したのだった。
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