彼女は僕を「君」と呼ぶ
今日、初めて恋を自覚した
恋愛は人並みにしてきた。なんてそんな見え透いた嘘をつくつもりはない。

何組の誰々が可愛いとか、あの先輩が美人だとか。その類の話に乗ることはあっても一概に告白されれば付き合うかと言えば別だ。

初恋なんて甘いものもあったかもしれないが、今思い返してもどれもしっくりこない。

全ては、彼女を見てから。自分のはなんだか違う気がしているのだ。

振り向けばいいが無理に振り向かすつもりもない。もし、万が一彼女の恋が実るような事があっても一番に喜んでやれる自信がある。

影で泣いたとしても。それだけ真っ直ぐな彼女に魅力があるのだ。


久しぶりに回ってきた日直。やたらこき使われた印象が否めず日誌に小言の一つでも書いてやろうかとペンを回せば、廊下を走って行った見慣れた背中を見つけた。

きっとどれだけ離れていてもその背中は見間違わないだろう。ぼんやりと消えた先を見つめていると、隣からそう言われた。

くるりと指先で回していたシャーペンが不格好に音を立て机の上を転がる。

「好きなの?」

静かに、そして、決して視線を外さないまま久野澄香(クノ スミカ)はそう言った。
欠席者が出て一つずれた分で重なったもう一人の日直である。

冬は一段と早く夕日が差し込む。まるで夕日が溶け出したように色付き始めた教室の隅での事だ。

どこかで彼女との事を見られただろうか。隠していなかったと言えば嘘になるがやましい事があった訳でもない。今までそんな事を言われたことがなかったから、維の焦りようは目に見えて酷いものだ。

久野が何を言いたいのか、取敢えず引き合いに出された彼女の事は素知らぬふりをしたい。

何か別の話題をと転がったままのシャーペンを拾い上げたが、久野の方が一枚上手だった。
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