彼女は僕を「君」と呼ぶ
「葉瀬君が見ている様に、私だって葉瀬君を見てるの」
「は、ぇ」

なんとも間抜けな声が漏れた。
自分は見ているくせに自分自身は誰かから見られているなど到底思わなかった。

久野とは同じ中学を卒業し、女子の中ではそこそこに仲が良い方だ。

男女混合でグループを作る時は、久野ら数人と合体する事は少なくはない。

けれど、向けられていた眼差しが熱いものだったとは知らなかった。

「葉瀬君が知らないだけ。それでいいんだけど、少し前、葉瀬君の後ろの席に満島さん居たでしょ?何回か二人で居るのも見た事があるし、付き合ってるのかなって」

やはり誰かの目に止まっていたのか。

「あれはその、提案したというか」
「好きじゃないの?私にはそう見えるけど」

真っ直ぐな眼差しに答えを探す。
きっかけは不思議なものでも見る様で、その視線の先を知ってしまえば勝手にがっかりした。

可哀想だなと他人事のように人を小馬鹿にしてしまって、偶然、ほんの偶然、彼女が隣で泣いたからその経緯を知る。

彼女が自分に対してどう思っているのかなんて考えても不毛で、それは恋というよりも好奇心とか興味と名付ける方が容易い。

「分からない」
「…分からないは答えじゃない」

叫びたいのを我慢したのか、胸の前でぎゅっと拳が作られる。

確かにそうかもしれない。けれど、答えを出したところで、何かが変わる分けではない。
彼女は、小野寺教諭が好きなのだ。

「じゃ、私は?私にも、満島さんと同じ分からないをくれる?」

顔を赤くしてそう言った久野に、後に続く言葉は流石に察する事は出来る。

「好きなの」

自分もこういう目を向けているのか。熱を帯びる様な、否、おれのはもっと気の小さいものだ。気付いてくれとアピールする勇気さえない。

「おれは、」

言葉を探して返そうとすると、久野の手が眼前に差し出される。
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