彼女は僕を「君」と呼ぶ
「どうして好きなの?」

見上げたそこは升目から薄暗くなり始めた空へと変わる。
勢いそのままに維は口を開いていた。

今日は職員会議が長引いたらしい、暫く空っぽだった英語科の準備室は先ほど電気が灯された。

夜風が音を引き連れて、スカートの裾が攫われる。白い素肌が赤く色付き、見ているこちらの方がずっと寒々しい。

そこまで春は近づいているというのに、相変わらず冬は長々と居座っている。

時刻は18時を回った。星達が静かに瞬きを繰り返し、それと同じくらいのゆったりとした速度で彼女は口を開いた。

「先生だから」

何時もは何を投げかけたって大抵の事は背中を向けて答える癖に、こういう時ばかりにこちらを振り返る。

それだけ意思が強いと言われているみたいで、維自身が抱く感情は“恋”ではないと思わせる原因は、此処にある。

胸の中に小さな感情の風船が生まれた気がした。

“先生だから”なんだよそれ。心の中で呟いてみたと同時に、久野にこれを言ったら同じように思われるのではと行き着く。

顔が恰好良い、背が高い、話が面白い、才能が好き。

具体的なものが並べられると、自分との比較が取り易いだろう。
それをひっくるめて“あの人だから”そう言われてしまえば、違うと分かっていても、自分とあの人はどう違うのか。そう尋ねたくなるものだ。

…所詮は醜い僻み。こんなにも思われて羨ましいとさえ思う。それ以上の言葉などあっただろうか。
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