キミが欲しい、とキスが言う
「茜ちゃん、もう着くよ」
美咲ちゃんに肩を揺らされて、はっと我に返る。
「えっ?」
「寝てた? 疲れてんでしょ。朝早かったし」
確かに、いつもなら二度目の睡眠の時間だ。眠いのは間違いないけれど。
「大丈夫よ」
「茜ちゃん、子供たち集めておいてくれる? 私、受付してくるから」
「了解」
バスが止まり、美咲ちゃんは一足先に中に入る。
私は、順々に子供たちを下ろし、下足箱で履き替え、親御さんのそばに行くようにと指示した。
「お母さん、これ、鍵」
浅黄が下足箱の鍵を持ってやってくる。
「鍵は持ってて、お部屋に入ったらロッカーの鍵と交換するから」
「分かった」
「……アカネちゃん?」
ポン、と肩を叩かれた。驚いて振り向き、私は思わず息を飲む。
そこにいたのは、スーツ姿の年配の男性。最後に会ってから十年近く経っているのに、すぐにわかった。
白髪も皺も増えて、当時の血色よさそうな感じはなくなったけれど、彼のことを忘れるわけがない。
「……森田、さん?」
「茜ちゃん、だよね。【ハニーアイス】の」
ハニーアイスは最初に勤めたキャバクラの名前だ。私は愛想笑いを浮かべながら、浅黄を背中に隠す。けれど、金色の髪はひどく目立つ。隠し通すのは、不可能だった。
「その子。まさかアカネちゃんの子? 金髪……まさか、ダニエルくんとの?」
その名前に、浅黄が反応した。
私の背中から、ぴょこんと顔を出す。森田さんが目を見開くのが分かった。
浅黄には、完全にダニエルの面影がある。