キミが欲しい、とキスが言う


 営業時間が終了し、スナックアイボリーへの鍋の配達を頼まれた俺は、早々に店を出る。


「こんばんは、【U TA GE】ですけど」

「あら。えっと、数家くんだったかしら。今日も悪いわねぇ、店長さんによろしくね」


オーナーのまりこさんに迎え入れられて、鍋を渡し、前回の鍋を回収する。


「今日茜さんは?」

「茜ちゃんは今日お休みよ」

「ああ、そうなんですか」


せっかく来て知り合いに会わないというのもむなしいものだが、まあ仕方ない。
早々にアイボリーを出て、店に鍋を戻しに向かうと、タクシーが店の前に止まっていた。


「私、大丈夫です、橙次さん」

「いいから帰るぞ。ったく、調子悪いなら先に言えよ」

「軽い頭痛ですよ。電車だって乗れるのに」


新婚夫婦が言い合いをしている。
店長は俺を見つけると、軽く手を挙げた。


「いいところに。光流、店の戸締り頼む。俺も一緒に帰るから」

「はあ。房野大丈夫か?」

「すみません。平気だって言ってるのに」


店長の房野への過保護は今に始まったことじゃない。


「素直に言うこと聞いてた方が早いと思うよ」と耳打ちし、俺は店に戻った。


鍋を戻し、消灯のチェックをし、店の戸締りをする。

そして小走りに【粋】へと向かった。
置いているお酒は日本酒だけ、という頑固店長のこだわりの店だ。
愛想は無いが、料理は旨く、くつろげる。

いつものガス抜き飲み会は、もう終盤に差し掛かっているだろう。

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