キミが欲しい、とキスが言う

 電車を乗り継いで行く山間の町。そこに、幸紀の実家があるらしい。


「わあ、一面田んぼだ」


 向かい合わせのボックス席で、車窓からの眺めを楽しんでいるのは私の隣に座る浅黄。向かいの席で、長い脚を組んで雑誌に目を落としているのは幸紀。

私は、神妙な顔でぐるぐる回る胃と戦っている。

 窓枠に置かれた冷凍ミカンは喉を通らないままふにゃふにゃになっている。何度も深呼吸をして落ち着こうとしているのに、時間がたつほど変な汗が出てきて、緊張から無駄に姿勢がよくなってしまう。


「茜、もうちょっとリラックスすれば」


向かいに座る彼は、まったく気負う様子もなくそう言うけど、何気に彼氏の両親に挨拶に行くとか、人生で初めての経験なんだから。

しかもその相手とは今同棲していて、私はシングルマザーの上にホステスよ。
少しは清楚っぽさをアピールできるように、シャツワンピにカーディガンとかはおってきたけど、絶対印象悪いに決まっているもん、気なんて緩められるわけないじゃない。

お土産だって悩みに悩みまくって、結局定番「ひよこ」にしちゃったし。私って、いつも本番に弱い。


「だって、何て言われるかって思ったらもう胃が痛い」

「別に反対されるとは限らないし。反対されてもいいし」

「私はよくないわよ!」

「だからって自分を作っても仕方ないだろ。いつもの茜のままでいいよ」


ハイ、正論。
分かってるわよ、あなたが言っていることは正しいけど。
でも嫁になるからにはいい女に見られたいのもまた真理じゃないの。

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