キミが欲しい、とキスが言う

 ここ、【U TA GE】の店主である片倉橙次と私の関係は友人だ。
私にとって友人の定義は広い。セックスを含む関係もそこに含まれる。

 橙次とは数年前からの知り合いで、一年間だけセフレの関係にあった。
それを解消してからのここ一年は再び健全なる友人関係を保っている。
まあ、対外的には元カレという言い方をしたほうが聞こえはいいのかもしれない。


 今日はその橙次の結婚するという話を受けて、前祝いをしている。
つい先月まで付き合ってもいなかったのにいきなり結婚すると聞いた時には驚いたけれど、彼の幸せを願うのはやぶさかではない。

だけど相手が十七歳も年下の若い女の子であることには軽くムカつく。

私とは一度も結婚など考えたことがなかったろう、というのがわかっているから余計だ。


 それを馬場くんに愚痴ろうと思ったのは、彼が普段、余計なことを話さない人だからだ。

【U TA GE】には頻繁に顔を出すけど、馬場くんが積極的に話しているのを私は見たことがなかった。

だから、橙次に聞かれたくない気持ちをこぼしても、彼から橙次にそれが漏れることはないだろうし、この席での戯れ言と流して、忘れてくれるんじゃないかと思ったのだ。


 しかし今、事態は予想とはちょっと違う展開を迎えている。

 彼は酔ったような潤んだ目で私を見つめたまま、吐き捨てるように「全く」と続けた。


「節穴ですよ。目の前にいる男のことも見えてないんだから」


 言葉と同時に、手を掴まれて我に返った。

目の前の彼は、無表情なのに瞳だけは刺すような鋭さで私を見つめている。急にドギマギして、頭に血が上ってきた。

< 2 / 241 >

この作品をシェア

pagetop