キミが欲しい、とキスが言う

元気を取り戻すと、変な欲が出てくるのが男というものなのだろうか。
一曲終えて戻りがてら、彼は私の手を握り、耳元にそっとささやいた。


「仕事、何時に終わる?」


さり気なく見せられた指の本数は三本。
付き合うなら三万出すってことかな。
それで私の夜を買おうと言うなら、安く見られたものだ。


「ゴメンナサイね。ここ終わっても、私終わりじゃないの。またのお越しをお待ちしていますね」


これはもちろんウソだ。掛け持ちなどしていないけど体よく断るにはいい文句だろう。

にっこり笑ってやり過ごすと、木村さんはちょっと顔をしかめたものの「また来るよ」と上着を羽織り直した。


「ありがとうございましたぁ。お待ちしてます」


笑顔で見送って、見えなくなったところで溜息つく。

たまに木村さんのような、“理解していないお客”が来る。

高級クラブやキャバクラとは違い、スナックは基本会話や雰囲気を楽しむことがメインだ。
勤務時間以外の付き合いはほぼないと言っていい。

それでも時々、アフターにホテルに誘われることはあった。
もちろん、応じたことはないけれど、昔はもっと高い金額を提示された。年々安い金額を見せられると女としての価値が落ちてるんだろうなぁと思う。

まあ、なんだかんだと三十三歳だ。
子どもも産んでるから、独身の時より体のラインも丸くなっている。

この仕事で食べていくのもそろそろ潮時なんだろう。
それは分かっているけれど、今さら他の仕事なんて出来る気がしない。
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