キミが欲しい、とキスが言う

溜息を付きながら戻ると、ママが眉を潜めて私を呼んだ。


「シケた顔して店に出るのはやめなさい」

「ごめん、ママ」


ママ、ことスナック【アイボリー】の経営者である金道まり子さんは三十六歳。
キャバクラ勤めをしていた彼女が一念発起して自分の店をもったのは三十歳の時だ。曰く、「どんどん若い子が入ってくるのに、いつまでも雇われではいつか追い出されるから」とのこと。

まり子さんは先見の目があるのだろう。
確かに、年を追うごとに周りの扱いが雑になってきているのは感じている。
ホステスの寿命なんて短いものだ。
“若さ”でこんなに価値が変わるとは思わなかった。


「そろそろ私もダメかなぁ」

「何言ってるの。三十過ぎてるようには見えないわよ、アンタは。……でもだからこそ、そろそろ考えたほうがいいわよ。いつまでも雇われでいいの?」

「でも私は、店を興すほどお金なんてないもの」

「チャンスはあったでしょうに。タイミングを逃すのばっかり上手だこと」

「……痛いとこ付くわね、ママ」


確かに、チャンスはあったかもしれない。
店を持ちたいなら協力すると言ってくれた実業家の人もいた。
でも、あれ受けたら彼のお妾さんにならなきゃいけないじゃないの。

確かに私は考えなしだけど、全く考えていないわけではないつもりだ。

浅黄(あさぎ)を産んでから再就職するときに、キャバクラではなくスナックを選んだのは、年齢を鑑みてのことだ。
若さだけじゃない価値を、ここなら認めてくれるんじゃないかと思って。
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