わたしは元婚約者の弟に恋をしました
 それを待っていたかのように、白い車が駆け抜けていく。

 一息つき、わたしは彼を見た。

 だが、二人は時間が止まったかのようにお互いを見つめあっていた。

 ひそひそと話し声が聞こえ、振り返ると女子大生くらいと思しき二人組がにやにやとした笑みを浮かべてこちらを見つめていた。その視線の対象はわたしも含まれてたのだろう。

 わたしはこの時間に終わりを告げてくれる瞬間をただ待ちわびていた。

 雄太が何かを言いかけた瞬間、春奈という女性の瞳から大粒の涙が毀れ始めた。

 彼女はあっという間に泣きじゃくり、ただごめんなさいと言葉を続けた。

 今の状況を見れば、どう考えても割り込んできた彼女が一方的に泣き出したに過ぎない。だが、涙には強力な魔力がある。まるでわたしが悪いことをしてしまったようだ。

 だが、彼は短く息をつくと、わたしを見た。

「ほのか、今日は帰ってくれないか?」


 わたしはその言葉に凍りつき、眼前の彼を見た。

 彼もその魔力にしてやられたのだろう。それは分かりつつも、まるで彼から別れを告げられたかのように、心臓がけたたましくなった。


「だって、今日両親に挨拶に行くんだよね」

「親には俺から話をしておくから、すまない」

 彼はわたしがやっとの思いで口にした言葉をあっさりと否定した。

 彼はわたしに目くばせした。察しろと言いたかったのかもしれない。

 彼に対していい人でいつづけたからだろうか。わたしはノーと言えずに一度だけ頷いた。

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