イヌオトコ@猫少女(仮)
笑結の通う市立の商業高校は、


市内から少し離れた中規模の、全校生徒500人ほどの商業専門学校だ。


パソコンの処理対応能力を学ぶ情報処理と、経営の基礎能力を学ぶ商業簿記の科目がある。


年数回、資格試験があり、希望者は受けることができた。


わざわざパソコン教室に通うこともなく、資格が取得できるのだ。

英語の検定試験も同様にあった。

そこで資格が取得できれば、最終学歴が高卒でも、

就職活動や将来の転職活動の際、好印象なアピールポイントになり、かつ即戦力にもなりうる。


それだけお膳立てされても、笑結はどちらも今一つだった。


真面目だったが、理数系が苦手な笑結は偏差値で入れる学校の

選択肢がなかったのだ。


校舎はコンクリートの五階建てで一階は教員室、高学年ほど上の階だ。


昼休み前で、三階の教室の窓側の席で頬杖をつき、

外を眺めていた親友の大澤逢(オオサワ アイ)が、その様子を興味深げに眺めていた。


「おお?笑結姫来たよ。男と一緒」

一年の教室は二階で、ちょうど真下の教室、しかも鳶川の席も

窓側だったので、同じ光景を目の当たりにしていた。

小声で隣の席の親友、香川悠(カガワ ユウ)にちょいちょいと手招きする。


「えっ!?男と!?」

「しっ!声が大きい」

「そこ!授業中ですよ!静かになさい!」


紺のスーツをビシッと着こなした隙のない女性教師に注意され、

肩を竦めて舌を出す。


「すいません」

再びヒソヒソ声で、

「男とって、どういうことよ」

「さあ?でもなんか面白そうじゃない?」


にやりとしながら外人さながらに両手を広げ首をかしげる。

センサーが働いたらしい。


笑結と逢は中学から、悠は高校に入って同じクラスになり仲良くなった。


竹を割ったようなさばけた性格と真っ直ぐな感性で気が合い、

二年になっても同じクラスの三人はいつも行動を共にしていた。


逢は170㎝、腰まで伸びた黒髪を頭の上でくるっと巻いている。

悠は165㎝で、ベリーショート。

二人ともバレー部のエースだった。


端正な顔立ちは、化粧映えする顔だ。


ただその男勝りの性格から、今までバレンタインのチョコレートも、

女子にしか貰ったことはない。


昼休みのチャイムが鳴ると、

そそくさと教室を飛び出し売店におにぎりを調達しにいく逢。


人気のパンもあるが、わざわざ奪い合い、競ってまで買わない。


ついでにと、笑結を迎えにいく。恐らく校長室だろう、と。


5分ほど部屋の外で待つと、二人が出てきた。

呑気に伸びをする葦海としょぼんとする笑結。


今までひたすら真面目に来たのに、痴漢騒ぎに巻き込まれた上、

まさか校長室に呼び出されるとは。

とはいっても、無茶をしないよう気を付けなさい、と改めて詳しい話を聞かれただけだが。


「よ、ご両人、なにがあったのだ」

壁に寄りかかり、すっと手を上げる逢に、笑結が飛び付く。


「あ~~い~~!」

「おお、よちよち」


いい子いい子、ぽんぽん、と頭を撫でる逢。


「痴漢されたの」


ぐしぐしとまた泣き始める。


「お宅さんに?」


にやり、と葦海にほくそ笑む。


「違う違う!助けたっんや俺は!いつまでもぐずぐず泣くなミケ子!」

「これはこれは、大阪くんだりからわざわざ痴漢しに

おいでなすったんですか?しかもミケ子とな?」


敵意を剥き出しに、葦海に詰め寄る。さすがの逢も毛糸のパンツは知らなかった。


「『ミケ子』には触れないで…」


笑結が追い討ちを掛けられる。


「あーもう!面倒臭いのう!人の話を聞け!吹奏楽部の、

臨時顧問に、来たんです!」


何となく面倒で苦手な優等生タイプだ、と頭をわしわしと

掻きながら噛んで含めるように。

「ちゅうされた」

「えっ」


逢も葦海も固まる。


心配で駆けつけた鳶川もすぐそこで話が耳に入り、

咄嗟に隠れた物陰から見ながら、

羨ましい!と思わず指をくわえる。


逢が牙を剥き、めらめらと炎が見えた。


「ほほう?聞き捨てなりませんなそれは」


たじろぐ葦海。鳶川も迂闊に笑結に近付くと同じ目に遭うのかと、
背筋が凍る。


けれど今は笑結を傷物にした葦海を、代わりに裁いてくれる

裁判官に期待したかった。


「うちの可愛いちびちゃんに、何してくれたんです?」


結局ちび扱いか。


「じ、事故や事故!わざとやないねんて!バスん中で!揺れて傾いて!不可抗力や!

大体、目の前に倒れて来たんそっちやんけ!せやからごめんてさっきから!

ここで掘り返すなやミケ子!!」


あまりの気迫に、必死で言い訳する葦海。


「そこは蒸し返す、の間違いです。では、他意はないと?」


冷静に訂正する逢。


が、頭をわしわしと掻くと、ふうーっと少し落ち着きを取り戻し、

「あるわけないやんけ。俺はオトナのオンナ以外興味おまへんよってな」


それはそれで嘘だった。けれど動揺するのもおかしい。


まともに彼女も出来たこともなかった葦海にとっては、

仕方のないことかもしれないが。

「では、笑結姫、犬にでも噛まれたと思って、このことは

きれいさっぱり忘れなさい」


「いや、犬て…」


思わずくすっとなり慌てて隠す鳶川。それはそれで慰めとはいえ

当人の前で言われると傷付く。


「だってぇ…これから毎日顔合わすんだよう」


それは困る。誰に気付かれるでもなく、物陰から一喜一憂する鳶川。


うるうるした目で逢に泣きつく姿を横目に見て、捨てられそうな子猫のようだが、

何かの矢が刺さった気がした。


「別に、ええやんけ!部活の顧問するだけや」


何とも言えない感情をごまかすために、ぶっきらぼうに応える。


が、逢はその反応を見逃さなかった。


「では、この子がどこの誰と付き合おうとキスしようと、

構わないわけですね?」


「キ…ま、まあ、そうやな、好きにしたらええがな」


そこまで具体的に言う必要があるのか。堅いのかなんなのか、

最近の女子高生はわからん、と思いつつ、


「あ、じゃあ僕が…」


ようやく絞り出した鳶川の蚊の鳴くような言葉も、虚しく台車に掻き消される。


葦海の言葉を待っていた逢は、にんまりすると、


「ではでは、笑結姫、チャンスです。蓮谷先輩に告白なさい」


「えっ!?だって先輩には彼女も」


同じクラスで、読モもしたことがあり、校内でミスにも選ばれた

華やかな彼女がいるので、誰も邪魔をする隙がないと聞いたことがある。


「噂ではすれ違いが原因で別れたらしいです。今がチャンスですぞ」

「なんや、よりによってアレかい」

ふん、と鼻で笑う葦海。


「ご存知なんですか?」


驚く逢。


「なんやさっき、一緒なったバスで騒ぎなったとき、

役にも立たんのに一緒に降りよって。心配やからとかぬかしとったけど」


「心配って言ったのは僕です…」


もう泣きそうな鳶川。お構いなしに目が輝く逢。


「そうなんですねっ?笑結姫を心配してくださるとは!なんと良い殿方!」


「結局心配しただけでなんもしてへんけどな」


しれっとケチをつける葦海を、キッと睨むと、


「そんなことはいいんです!気に掛けてくださることが

第一歩なんですから!さあ笑結姫、今すぐ行きますよ!善は急げ!」

「えええ??」


背中を押されて向かわされる。まるで今から演劇でも始めるようだ。


「お、お昼は?」


それはそうだ。結局食べ損なうことになる。


「後でこのおにぎりをお食べなさい」


自分の買った三つのおにぎりをひとつ渡す。


「…なんちゅう一方的な…って、お前、誰やっけ?」


気になって着いてきた鳶川にようやく気付く。





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