ピュア・ラブ
そう言って、玄関のドアを開くと、母親をおもいっきり押し倒した。高いヒールを履いている母親は、すぐに転び、蹲った。そして、玄関にまだ入っていた足を蹴飛ばし、外に追い出した。
終わった。
橘君との同級生の関係が終わった。もう会ってはいけない。
彼だって、突然そんなことを言われたら、分かっているとしか答えようがない。
病院は沢山ある。モモには悪いけれど、違う病院で診察は受けてもらうことにする。
頬をつたう涙を拭くけれど、どんどん溢れて拭いきれない。
橘君と携帯の番号とアドレスを交換した日から、目立つところに置いていた携帯を手に取った。
病院と会社しか登録していない連絡帳には、ただ一人、橘君と言う「友達」の名前があった。
私は、その登録を削除した。そして、登録外の着信も受信も出来ない様に設定をして、前のようにバッグの底にしまった。
外ではまだ母親がいるようで、少しうめき声が聞こえたが、次第に不規則なヒールの音が聞こえ、帰ったのだと思った。
浮かれてはいけないとおもいつつ、私は、橘君との時間を楽しんだ。
楽しく、嬉しい時間など私には不釣り合いだったのだ。こうした時には、必ず大きな落とし穴がある物だ。それを十分分かっているはずの私は、橘君を前にその警戒を取ってしまった。
だから、奈落の底に落ちるのだ。
最後に会ってちゃんと謝りたかった。でも、きっと橘君のことだから、何とも感じていないように振る舞ってくれるだろう。それが痛かった。
現に母親に会ったことを言わなかった。知らなかったとはいえ、浮かれていた自分が恥ずかしい。
もしかしてお正月に言ったあの言葉の意味。それは母親に会ったから言ったのではないのか。きっとそうだ。守ってくれるとでも言うような感じだったし、突然だった。おかしいと思っていたのだ。
母親の流れで、ようやくそれが分かった。
幸いにして、モモは健康に育っている。病院に行くこともない。
橘君家族を巻き込んではいけない。
幸いにして、私から電話をしたり、メールをしたりしたこともない。だから、連絡が途絶えても大丈夫だ。
モモが心配そうにすり寄ってきた。モモも橘君が大好きだった。

「ごめんね、モモ。もう橘君はこないのよ」

言葉に出していうと、悲しみは倍増した。
今だけ、今だけ泣いたら、もう忘れよう。もともと記憶にもなかった人だ。
また元に戻ればいいだけのこと。孤独の人生があっている私に不釣り合いな事をしてしまった。
なんとしても許せない。更に私の憎しみは増して行った。

< 107 / 134 >

この作品をシェア

pagetop