ピュア・ラブ
先生は、診察室を出て行き、一人にしてくれた。
今すぐに出て行っても、目が赤くて人に見られたくない。かといって引くまでには時間が掛かる。
深呼吸をして、バッグから化粧ポーチを出す。
手鏡をみると、やっぱり目は真っ赤だった。
軽く、ファンデーションを塗り、アイシャドウを引く。少しは、ましになった。
診察室でごめんなさい。そうモモと謝った。
こういう時の長い髪は役に立つ。なるべく顔が隠れるように髪を前にたらした。
診察室のドアを恐々開けると、誰もいなくてホッとした。
待合室に座ると、受付の人が、神妙な顔で近寄ってきた。

「黒川さん」
「は、はい」
「あの時、あれから、光星先生に話したんです。紙袋は渡さなくちゃいけないし、それはどうしたのかと聞かれて嘘がつけないし、ごめんなさいね」

受付の人は佐藤さんと言うらしい。いつも名札が何かに隠れていて見えなかった。今、こうして、対面で話をする機会があってよかった。お世話になった人だから。
佐藤さんは、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。

「いいえ、私も面倒なことをしてしまって」
「光星先生、もう見ていられませんでした。あの時、待合室にいたのは同級生だそうです。高校の。何処かに出かける予定だったそうで、待ち合わせ場所が、ここだったようです」
「そうですか」

ということは、私のクラスメイトでもあるのか。全く知らなかった。

「いつものように明るく診察をしていましたが、どこか上の空で。それは深い落ち込みようでした。あの時の同級生もとても気にして、黒川さんに自分たちが説明をしに行くと言っていましたが、光星先生が止めていらっしゃいました」

すでに私が、賭けの話しを聞いていたことを橘君は知っている。でも当事者でなくてもその中に居たという事で、自分を責めただろう。それだけで十分だ。私なんかの為に自分を責めないでほしい。
はがきが届くようになり、私は、橘君に会いたくて仕方がない。
それはもう自分で分かっている。
同級生じゃなく、一人の男性として、橘君を好きなのだ。
橘君が私をそう言う対象として見ていなくてもいい。私は、自分の気持ちを伝える気はない。ただ、正直になりたいだけだ。

「私のことで、色々な方に迷惑をお掛けしました」
「いいえ、光星先生は少し頼りない所もあるけれど、すぐに感情移入してしまう優しい先生です」
「そうですね」

なんだか、病院総出で私と橘君の中を取り持とうとしているようだ。ケンカをした訳じゃない。でも、皆から愛されている橘君は幸せ者だ。
泣き顔が恥ずかしかったが、会計を済ませ、病院を出た。
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