ピュア・ラブ
「嫌なら出てけ! ここは俺の家だ!」

そうとも言った。ちゃんちゃらおかしい、団地で何が俺の家だ。ご飯もろくに食べさせてくれない、給食費も滞納する、親が! 憎しみは減ることなく増大していった。
何度寝ている顔に向かって「早く死ね」と言ったことか。
それを母親は黙って見ているだけだった。
今にこの言葉をそのまま返してやると思った。
母親は、金遣いが荒く、たいして作らない食事でも、冷蔵庫が満杯になる程食材を買い込んでいた。洋服や、靴や、バッグ、それらも見境なく買っていた。
私は給食のお陰で食いつないできたようなものだ。
新聞配達の給料を貰ってすぐに、この「いち、いち」が始まった。
時に、財布から黙って金を抜いていた時もあった。流石にここまではしないだろうと、少しくらいの思いやりはあるだろうと思っていた私が馬鹿だった。
何のことだかさっぱりわからなかったが、「一万円のことじゃないの」と、男に媚びるかのように私に甘えた声で言った。
私が、育った環境は碌な物じゃない。
だから、人は全く信じないし、かかわりもごめんだ。「感情」というものを私は、この親で失くした。

「モモ、ごめんね。お家だよ」

気持ちを入れ替え、私は、モモの匂いの付いたバスタオルと共に、先ず食事の場所とトイレを教えた。
モモは籠から出されると、腰を低くして部屋の匂いを嗅いで回った。
よちよち歩きのモモにはまだ、この部屋は大きいらしい。
橘君からは、モモのおしっこの匂いがついたシートを渡して貰っていた。
猫はトイレを教えると、粗相をしない。
トイレの場所に匂いの付いたものを置けば、そこがトイレだと認識する。
しっかりと結ばれたビニール袋を破って、トイレに置く。
病院では、トイレシートを使っていたが、猫は砂を掻く。私は、システムトイレを用意していて、そこにはチップを敷き詰めておいた。

「いい? モモ、こうやって、掻き、掻きするの、分かった?」

モモの前足を持って、砂を掻くことを覚えさせる。モモはシートの匂いを嗅いで、砂を掻いていた。

「わあ、偉いねモモ」

それからモモは、さらに範囲を広めて、家中の匂いを嗅いで、冒険しだした。
モモが入りそうな隙間は全て埋めた。
猫が好きな、紐やビニールもちゃんと仕舞ってある。インターネットには、紐を呑み込み、腸閉そくになったことや、ビニールを頭からかぶり、窒息の事故があったと書き込みがあった。それを読み、ぞっとした。
二人暮らしの記念日でもある今日、嫌な顔を見てしまったが、全てモモの可愛さで帳消しになった。
私は、写真を撮りたいと思って携帯を取り出すと、モモを抱っこして一枚パシャっと取った。

「そうね、私には不要だったけれど、デジカメでも買いに行こうかな」

こうして、手さぐりの私と、モモの暮らしが始まった。

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