ピュア・ラブ
「茜、元気にしてる?」
「おう、寒いぞ、風邪ひいてないか?」

ドアを開けると、品のない二人の親が並んで立っていた。
それに、一度も体のことを心配したことなどない癖に、心にもないことを言わないでほしい。
私は、腕を組んで二人の前に立ちはだかる。

「正月は来ないのか? おせちも用意してるぞ、母さんが」
「そうよ」

その金を貰いにきたんでしょう? それに、おせち? 私は、テレビで見るまで、正月におせちと言う物を食べるという事を知らなかった。
娘を娘とも思わず、今は銀行とでも思っているのだろう。
新春麻雀だと言って、ずっと居ない父親と、新年会と称して飲み歩く母親。私の正月はいつもカップラーメンだった。

「で、いくら?」
「え? ああ、これくらいあると助かるわ」

そう言うと、母親は片手をパーにした。
五万ね。大丈夫、きっちり、専用の出納帳に記入はするから。今までもそうだ。
私は、財布から、五万円を抜き、一枚一枚数えた。

「茜、ありがとう、ありがとう」

真っ先に手を差し出して、金を受けとろうとする母親。家事をしていない女の手はなんと綺麗な事か。私はこの金額を得る為にどれだけの単純作業を繰り返してきたのか分かっているのか。はらわたが煮えくり返る。

「え? 大金を貰う人の態度じゃないけど」

手に持っていた札を私は、さっと、自分に引いた。

「何を!」
「あら、大きく出たわね。いらないの? 前にも言ったけど、殴らせてくれたらもっとだすわよ」
「そ、それは……」
「自分が同じことをされて、人の痛みを知ったらいいんじゃないの? 頭の悪い人ね」

汚く罵る私は、もはや、般若の顔だ。恨みと苦悩が表情に出ているだろう。そうさせているのはあなた達だ。

「今まで育ててやったのは誰のお陰だと思ってるんだ」
「は? 育ててやったですって? 偉そうにいわないでよ。そんな憶えなどないわ。お金が欲しいんでしょう? どうなの?」

父親は顔を真っ赤にして、殴る準備をしていた。母親は、慌てて、その手を掴んだ。
両親は、金の前に弱者になる。
二人して、私に向かって深々と頭を下げた。
私は、その姿が本当に可笑しくて、大きく笑ってしまった。
お腹が痛くなる程笑ったことは初めてだ。
いつか母親にしたように、二人の間をぬって、札を天に向かってばらまいた。

「帰りなさい」

そう言って二人をドアから押し出すと、乱暴にドアを閉めた。
外では、二人で、「あそこ、あ、あそこにも、枚数を数えてよ」と言う声が聞こえ、それもまたおかしかった。
だけど、私の目からは涙がとめどもなく流れた。もう私の心は悲鳴をあげている。
もう、生きていたくない。こんなことをしたって、すっきりも何もしない。
自分から命を絶つ勇気はない。
もう直ぐクリスマスだ。サンタは私のお願いを聞いてくれるだろうか。

「どうかお願い。私を、心穏やかに光で満ちた世界に連れていって」

そう願うと、心配したモモが私の足元に来た。見上げる顔は、私がいるから大丈夫と励ましてくれているようだった。
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