お願いだから、つかまえて
ウィンドウに修吾の名前が表示される。
もちろん、佐々木くんは私のスマホに男の名前が現れたって、顔色ひとつ、変えるわけがない。
「どうぞ。」
「すみません。…もしもし?」
「理紗、今夜焼き肉と寿司、どっちがいい?」
「うーん、焼き肉。」
「わかった、予約しとく。その前にうちに寄れる?」
「…うん、わかった。」
私は必ず、終電には乗って、お祖母ちゃんの待つ家に帰るから、お酒を飲んで修吾が車で私をうちまで送れないとなると、深夜まではあまりゆっくりできない。
一人暮らしの修吾の部屋に寄って欲しいということは、彼はたぶんセックスをしたいということだろうから…その時間を考えると、もうここを出なくてはいけない。
ため息をつかないように、気をつけた。
「じゃあ待ってる。駅まで迎えに行くから、近くなったら連絡して。」
「うん、ありがとう。じゃあね。」
ある程度会話が聞こえていたとみえて、もう出なくちゃという空気を察したらしく、佐々木くんは残っていたコーヒーを飲み干していた。
「…焼き肉とは、本当に二日酔いはないんですね。さすがです。」
私が通話を切るのをきちんと待ってくれてから、そう言った。
ごく自然な形で彼氏持ちだということも知られてしまったわけだし。
もう何も心配することがなくなったな。最初から余計な心配だったけど。
私は清々しい気持ちで笑った。
「佐々木くんは今日の夜ご飯、なんですか?」
「さあ…適当に、作ります。」
「いいなー、きっとまた美味しいんだろうな。」
「一人の時は本当に適当ですよ。」
彼女…たぶん、いないんだな。
いや、だから、関係ないけど。
「トムヤムクンね、祖母に食べさせたら好評でした。人生初トムヤムクンで。」
「ああ、それはよかったです。」
またレシピ教えてください、という言葉を飲み込んで。
「ごめんなさい、もう行かないと。」
「そうですよね、出ましょう。」