お願いだから、つかまえて
離れたデスクに座っていた修吾は、顔を上げて、まっすぐ私の方を見た。
柔らかく笑って、立ち上がり、向かってきて。
髪をくしゃっと触って、腰を折って耳元に唇を寄せた。
「あんま飲みすぎんなよ。」
修吾は初めっから私とのことを隠す気なんかなくて、
これくらいの軽いスキンシップは平気で社内でもしてくる。
「…はあい。」
これだけ堂々と愛されてて、何を気にすることがあるんだろう。
私達は、順調。
そうでしょう?
そのまま修吾はフロアを出ていった。
トイレかな。今日夕飯どうするのかな。
なんとはなしにそんなことを考えていたら、ふと視線を感じて、振り返ると。
「ほーら、言ったじゃないですか、怖い怖い。」
隣の友理奈ちゃんがパソコンから目を離さず、口だけ動かして、小さな声で言った。
友理奈ちゃん、君は背中に目でもついているのか?
私が振り返った先には、長戸さんがいて。
たぶん、今のやり取りは見られていて。
…睨まれていた。
ちょっと、ほんとに怖いって!!
無難に微笑んで小首を傾げてみると、向こうも嘘みたいにニコッと笑って会釈をしてから、ふいっと身を翻し、フロアを出ていく。
「5,4,3,」
突然、友理奈ちゃんが謎のカウントダウンを始めた。パタパタと小走りになる長戸さんの足音。
「えっ?」
「2,1,0」
ゼロ、と言い終わるかどうかのタイミングで。
「矢田さあーん」
という、甘えた声が聞こえてきた。
「飲みに連れてってくださあい、とかなんとか言ってんじゃないですか。」
「今私睨まれてた…気のせいじゃないと思います…」
「ああいう女は厄介ですよ。」
「そーなんですか…」
「今ので宣戦布告されたと思っていいと思いますよ。潰しに行かないと、理紗さん。」
つ、潰しに…
聞くだけで疲れた。ああ。私、向いてないのよ、そういうの…