僕らが守るから
家族が増えました
∞お風呂場にて∞

『徹也』

空煌さんから話しを
振られたのは初めてです。

『何ですか?』

二人で椅子に座りながら
ゆっくりと聞き返しました。

訳ありなのでしょうが
急かしてはいけないと
分かっています。

『風呂出たら、紗和さんと
聞いて欲しい話しがある』

話してくれる気に
なったみたいで嬉しいです。

空煌さんが通う高校から
あの公園までは二駅分の
距離があり、更に
あそこまでびしょ濡れに
なるにはどしゃ降りに
なった時には既に、
あのベンチにいたことになります。

今日は、学校を出る時は
小雨でしたし、どしゃ降りに
なり始めたのはそれから
三十分くらいしてからだったはずです。

本屋さんの時計は
午後四時半を指していました。

僕が空煌さんを見つけたのは
午後五時頃だと思います。

数時間で僕らを
信じてくれたんですね……

+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*

「出たのね」

僕らに気付いたお母さんは
料理を中断し、二人分の
麦茶を淹れてくれました。

「空煌君、さっきスマホが鳴ってわよ」

リビングのテーブルに
置きっぱなしのスマホを取り
電源を入れて確かめています。

『秋充から電話だな 』

その名前は空煌さんの
友人の一人だと知っていました。

確か、油島秋充 さんと
西名真治さんと三人で
よく一緒にいたはずです。

『油島さんですか』

「あら、徹也も知っている人?」

興味が湧いたらしいお母さんは
リビングに来て、僕に訊きました。

『ええ、空煌さんの
ご友人の一人です』

スマホを持ったまま、
考え込んでいるようです。

『かけ直さないんですか?』

もしかしたら、
“かけ直さない”のではなく
“かけ直せない”のでしょうか?

『あぁ、今はいい』

そう言って、スマホをテーブルの端に
置いてしまいました。

『徹也は俺の
性格を知っているだろうけど
今から話すことは嘘偽りない話しだ』

空煌さんがこんな前置きを
したのは、僕が彼の“本当”の
性格を知っているからです。

『僕からも一つ。

確かに僕は貴方の“本当”の
性格を知っていますが
それだけで判断したなら
数時間前に連れて帰ろうなんて
思いませんでしたよ』

それに、僕はわりと酷い人間です。

人助けは嫌いではありませんが
時に、“善意”を“お節介”と
言われたのは一度や二度ではありません。

ですから、見極めてしまう
癖がついてしまいました。

性格云々を抜きにして
数時間前の空煌さんは
放っておいたらヤバい目を
していました。

あのまま放っておいたら
二度と会えなくなるような
嫌な予感が頭の中を過ったのです。

だから、連れて帰っ来ました。

『紗和さん、徹也
俺の話しを聞いて欲しい』

空煌さんの話しは
胸の奥が痛くなるような
悲しい話しでした……

一言でいうと空煌さんは
実父に棄てられたということです。

理由は新しい女と
結婚するためだそうです。

これはネグレクトどころではありません❢❢

親というのは子どもが
成人するまで面倒をみるものです。

それを、新しい女が出来て
結婚したいがために子どもを
棄てるなんて言語道断ですよ❢❢

僕の隣で話しを
聞いていたお母さんは
立ち上がり空煌さんを抱き締めました。

『紗和さん?』

空煌さんは何が起きたのか
わからないという
表情をしています。

『お母さん、空煌さんが
吃驚していますよ』

僕の言葉を
丸無視して
何を言い出すかと思えば……

「ねぇ、徹也
空煌君をうちの子に
できないかしら?」

言うと思いました。

『それは、お父さんと
二人で相談してください』

「徹也は反対しないの?」

何を今更……

『しませんよ』

自分の事なのに
全く話しについて
来られない空煌さんは
黙ったまま、僕らの
会話を聞いています。

『待って下さい紗和さん』

やっと状況を理解できたんですね。

「なぁに? 空煌君」

有無を言わさない笑顔……

お母さん、怖いです。

そんな話しをした数時間後
お父さんが帰って来ました。

「お帰りなさい」

「誰か来ているのか?」

玄関での会話が聞こえてきます。

『お父さん、お帰りなさい』

リビングに来たお父さんに言いました。

『お邪魔しています』

空煌さんが緊張した面持ちで
挨拶をしています。

「徹也の友達かな」

『はい……七夜空煌といいます』

返事をする際に少々間が開きましたね。

“友人”と
答えてよいか迷ったのでしょう。

つい先程、公園で再会するまで
僕らは“知人”止まりだったんですから。

「良晴、着替えたら
話したい事があるの」

お母さんの真剣な目に
お父さんも何か感じたみたいです。

「分かった、着替えてくる」

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「それで、話しというのは?」

部屋着に着替え、ラフな格好で
リビングに戻って来ました。

「空煌君の事なんだけどね……」

僕の隣にいる空煌さんと
お父さんを交互に見ながら
お母さんが話しています。

「彼がどうかしたのかい?」

事情を知らないお父さんは
当然ながらお母さんの
言いたいことなど分かりません。

『どしゃ降りの中で
ずぶ濡れになっていた空煌さんを
僕が学校帰りに見つけて
此処に連れて来たんです』

空煌さんが“友人”というのは
否定しませんが彼が置かれている
状況と此処にいる経緯は
話さなくてはなりません。

「実は、空煌君は
実父に家を追い出されたの。

理由は新しい恋人と結婚するため、
それから、その恋人が自分と
年の近い子どもができるのが
嫌だと言ったからだそうよ」

「そうして、帰る場所を無くした
空煌君を数時間前に
徹也が見つけて連れて来たの」

お母さんの声に怒りが混じっています。

気持ちはわかりますけどね。

僕もできることなら
二人を殴りに行きたい気持ちです……

「帰る場所がないならうちにいなさい」

一瞬で判断を下さしましたね。

流石、お父さんです。

『秋鹿さん……』

「父さんと呼んでくれると嬉しいな」

「良晴、それは抜け駆けよ‼

私のことも母さんって呼んで欲しいわ」

似た者夫婦ですね……

『ええと……』

恐らく、僕を
気にしているのでしょう。

『空煌さん、僕のことは
お気になさらずに
二人をそう呼んであげて下さい』

きっと、長い間
此処にいることになるんですから。

『徹也がいいなら……

これから、宜しくお願いします』

やはり、僕を気にしていたんですね。

「俺達は今から
家族なんだから
敬語はいらないよ空煌」

“家族”ですか……

いいですね。

『では、僕は
空煌兄さんと呼びましょう』

空煌さん改め、空煌兄さんは
照れ臭いのか
そっぽを向いてしまいました。

『父さん、母さん、徹也
改めて今日から宜しく』

今日から、僕らは家族です。
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