恋のお試し期間



「そんな隅っこでなーにしてるの里真」
「あ」

熱中してみていたせいか背後の気配に気づかなかった。
恐る恐る振り返ると荷物を置いたソファに座っている佐伯。
足を組んで優雅にこちらを眺めている。何時のまに。

「何だ昔のアルバムか。もっとこっちで見たらいいよ」
「あの。この子って矢田さんですよね」
「そうだけど?彼が親戚なのは知ってるでしょ?」
「……」

他は真新しい物ばかりなのにそれだけ年季が入った古いもので。
本だろうかと取ってみたらアルバム。悪いと思いつつついのぞき込む。
そこには皆のお兄ちゃんだったころの佐伯とその家族、友人。そして彼。

「その顔は何かなあ里真。いいよ言ってごらん?」
「…いえ。仲良さそうだなって思って」
「悪くないよ。彼は病弱で内気で誰かの影に隠れていないと
外にも出られないような子だったけど。大人しくて優しい子だった」
「……想像もできません」

今は見る影もない。今頃恋人の部屋でのんびりしているのだろうか。

「それより里真。お風呂行こうか。…体綺麗にしたいんでしょ」
「あ。はい」
「夕飯は店で作ったの持ってきたんだ。だからあっためるだけでいい。お腹すいてる?」
「まだそこまでは」

実はこっそり余ったお菓子を食べたからだけど。

「よかった。じゃあ行こうか。お背中お流しします」
「慶吾さんこそさっきまでお仕事してたんだし」
「じゃあ里真よろしく」
「ええっ」

佐伯に促されるままにアルバムをしまい風呂場へ向かう里真。
彼に裸を見せるのはまだ慣れない。もっと素直に甘えればいいのに。
頭では思うのだがやはりまだコソコソと彼に背を向けて服を脱ぐ。

「里真ちゃんはほんと恥ずかしがり屋だね。…それとも俺に見られるの嫌い?」

先に脱ぎ終えたらしい佐伯が耳元で囁く。
恥ずかしがり屋というか自分に自信がないだけで。
彼に見られるのは恥ずかしいけれど。

「…先どうぞ」
「分かった。30分以内には来てね。流石に風邪ひいちゃうから」
「そんなにかかりませんから」

佐伯は耳元で笑うと頬にキスをして先に風呂へ向かう。
里真は彼がドアの向こうに行ったのを見計らい急いで脱いだ。

でも彼が居なくなった途端に脱いで入るとかちょっと気が引ける。
流石に30分も間は開けないがちょっと待とうと立ち止まる。
すりガラス越しに見える佐伯の後ろ姿。

お風呂には入らず外で座って待っているようだ。
もしかして本当に里真に背中を流してもらおうとしているのか?

「あのね里真さん?30分っていうのは冗談なんですけど。まさか本気でそれくらい
そこで待ってるつもりなのかな?じゃあ俺下着くらいははきたいかなぁなんて」

あれこれ考え込んでいたらドアが開いて困った顔の佐伯。
どうやら結構な時間悩んでいたらしい。慌てて中へ入る。

「まだ…だめ」

勢いで中に入ってしまったがちょっと恥ずかしい。
そんな里真の気持ちを察したかのように佐伯が後ろから抱きしめた。

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