恋のお試し期間
守りたいものは



「前向いて歩けよ」
「すいまへん」
「夜にシラフでよくそんな面白い事できるな」

俯いて考え込んで歩いていたら電柱に正面衝突した。

夢じゃない。

ほんとに、気づいたら目の前に電柱。

ガツンと音がして頭に激痛がして勢い良く道に倒れこむ里真。
夜の道で誰も居ないと思ったら会社帰りのサラリーマン、いや、矢田だ。
起こしてくれるそぶりもなく一部始終を見ていたようで腹を抱えている。

「…面白くないです」

最低。何もかもが最低。

「ほら。何時まで地面に座ってんだよ」
「痛い!強引に引っ張らないでくださいっ」
「足怪我したか」
「痛っ…擦りむいたみたいです」
「あぁ。血でてる。すげえ勢いでぶつかったもんなお前」
「だからその笑い顔」

起こしてくれたのはいいが笑ってばっかりでなんだか不愉快。
よろよろと歩きながら休める場所まで移動する。
ストッキングは破れているしスカートだからダイレクトに痛いし。
どうしてこうもついてないだろうと自分自身に呆れてしまう。

「こんな遅くに何やってんだよ。ご自慢の彼氏はどうした」
「……」
「無視か。ま、いいけど。ほら水で足洗え」
「……」
「おい、そこまで俺にさせる気か?そんなにしてほしいのか?」
「自分でします」

ボロボロのストッキングを脱いで買って来てくれた水を傷口に注ぐ。
冷たくて傷みがくるけれどそのまま放置してバイキンが入るよりマシ。
洗い終わったら自分のハンカチで傷口を拭く。結構跡が残りそうな擦り傷。

「こっちは仕事で疲れてんのにほんとお前との遭遇率おかしいだろ」
「それは近所なんだから仕方ないです。というか、水ありがとうございます」
「近所ね。ま、そうだけど。歩けるか」
「少し休めば」
「じゃあ俺は行く。お前を担ぐのだけは嫌だからな。あいつに電話しろ」
「自分で歩けます。慶吾さんを心配させますから電話は」
「相変わらずお気遣いが優しいこって」
「……」

ムスっとした顔をして立ち上がる里真。
まだ少しよろけるが歩け無い事は無い。骨には異常はないし
久しぶりに激突して転んで驚いているだけだ。全然平気。

「馬鹿だなお前」
「どうせ馬鹿です。アホです。鈍感です」
「…タクシー呼んでやるからそこ待ってろ」
「大丈夫ですって。これでも毎日牛乳飲んで骨は元気です」
「ああそうかい。じゃあ好きにしろよ」

ゆっくり歩く里真に対しあっという間に去っていく矢田。
ここまできたらもう意地だ。自分で家まで到着してやる。
普段ならそう長く感じない道なのに遅いせいかやたら長い。



「里真!」
「け、慶吾さ」

あと少しと休憩していたら後ろから声がした。
振り返ったら此方に走ってくる佐伯。なんでここに。

「怪我は大丈夫?どうしてそんな無茶をする?俺に電話できたよね?
何かあったらすぐに電話してって言ってるのにどうしてしてくれないんだ!」
「ご、ごめんなさい」
「ああ、ごめん。怒ってるんじゃないだ。…君が心配でね」
「いえ」
「俺につかまって…いや、いい。俺が運ぶ」
「え」

ビックリしたのもつかの間、すぐに彼に抱き寄せられお姫様抱っこ。
まさかこのまま家まで連れて行ってくれるというのか。
おろしてくださいと言っても彼は聞いてくれなくて結局家の前までこれで。


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