熱愛には程遠い、けど。
「一応。まぁ……女性同士なので……」
「そっか。ならよかった! でも。コレ多くない? 僕こんなに食べきれないよ……古川さん、よかったらどうぞ」
「じゃあ……一個」
「遠慮しないで」
「二個」
「ゼロが足りないよ」
「三個までが限界です。生ものだもん」
「そんなぁ~」
 仕事中にも関わらずくだらないやりとりでクスクスと笑う。宮下さんはダンボールの中のはっさくを一つ手に取るとまじまじと見つめた。
「あの日、おばちゃんの一人娘が出産で入院したらしくって。初孫の誕生の瞬間に向かう途中だったみたいだよ」
「あ、そういえば。伝言を預かりました。おかげさまで間に合いました、って」
「……ほんと! よかったね!」
 よかったね、と言われても……。でも自分のことのように喜んで、嬉しそうに笑う宮下さんを見ていると「そうですね」と言ってつられて微笑んでしまう。
 話しているうちに時間は過ぎ、定時を知らせるチャイムが室内に鳴り響いた。宮下さんは手にしたはっさくをダンボールにしまうと顔をこちらに向けた。
「これ、古川さんが受け取ってくれたんだよね。重かったよね……悪かったね。ありがとう」
 そしてぺこっと頭を下げた。部下として当然のことをしているだけでも、彼は絶対にお礼の言葉を忘れない。
 お姉ちゃん、恵まれてるねぇ。
 おばちゃんの言葉がふと頭の中を過った。
「どうした? 帰らないの?」
「……何か、手伝えることありますか?」
「え?」
「前任のフォローばかりで宮下さん自分の仕事ほとんどできてませんよね? 私に出来ることがあれば言ってください」
「じゃあ、明日お願いしようかな」
「今日中にやらなきゃいけないことまだたくさんありますよね?」
「でも」
 宮下さんは私に遠慮してかなかなか首を縦にふらない。そりゃそうだろう。この会社の私たち契約社員は毎日定時で帰っても誰にも文句を言われない代わりに、残業をしても残業代はつかないのだ。
 でも、残業代とか、今の私はそんなのどうでもよくて……
 ただ、ほっとけない。いつもそう、ただそれだけ。
「私のことはいいですから。悪いと思うなら、早く終わらせましょうよ!」
「でもやっぱ悪……」
「じゃあ……今度ランチ奢ってください」
「そのくらいなら、もう、いくらでも」
 同じように働く他の人から見たら恵まれてると言える上司ではないかもしれないけどやっぱり私はこの人が嫌いじゃない。残業でもなんでも、自らすすんで好きでやっているのだ。
 今夜の予定は変更だ。
「古川さん、いつもありがとう」
 優しい表情と声色に心がほっこりする。
 今の仕事にやりがいを感じられるとは言えないけど、宮下さんのサポートをしている時は時間を忘れる。転職するとしたら、今のようなサポート職が向いているのかもしれない。

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