熱愛には程遠い、けど。

10 まだ、がんばれる

 雅史さんと別れても当たり前のようにいつもの日常がやってくる。
 朝出社すると、宮下さんの周りを三人の男性社員が取り囲んで楽しそうな笑い声が響いてきた。三人とも宮下さんより年下の彼の後輩。後輩に対しても気さくで、頼りになる先輩という感じではないけどみんなに好かれて懐かれている。私にはそう見えた。
「あ、古川さん! おはよう」
「おはようございます」
 私が隣の席につくと、後輩たちは軽く会釈をし「じゃ、またね宮下さん!」と言って立ち去って行った。
「朝から賑やかですね」
「うん。見てよこれ」
 宮下さんが手にしているのは旅行のパンフレットだった。
「違う部署の後輩なんだけどさ。夏休み合わせて一緒に旅行に行こうって。男四人で! 笑っちゃったよ~」
「いいじゃないですか。楽しそう!」
「えぇ~! でも僕完全に人数合わせだよ? 三人より四人がいいって」
「でも親しくないと誘ったりしないですよ」
「まぁ……仲はいいかな」
 宮下さんはパンフレットを見ながら「一泊くらいならいいかぁ」と呟く。
「さっきの方たち……前の部署で一緒だった人たちですか?」
 自然な流れで出た質問だったけど、聞いた直後にはっとする。
「うん。一人はね。その一人との繋がりであと二人とは気付いたら親しくなってて……」
 前の部署で、宮下さんは同期の女性と付き合っていた。その彼女はたぶん、先日宮下さんを訪ねてここまできていた女性だ。
「古川さん? どうした?」
「え? あ、いや……ごめんなさい。ぼーっとしちゃった。前の部署では、宮下さん何してたんです?」
「あー……なんかもう、毎日記憶がないくらいしんどかった記憶しか……」
「記憶に残ってますね」
「そりゃあもう! 海外事業部と繋がってる部署でさ、簡単にいうとあっちが外でしてきた仕事を中でまとめるような仕事だったんだけど……国際電話がガンガンかかってくるのよ」
「宮下さん外国語しゃべれるんですか?」
「うん……まぁ、少しね。それだけでさ、あの部署に配属されたようなもんで僕にはあの部署でやっていけるだけの能力はないよ。だから今ここにいるんだけどね」
 宮下さんは机の中から用紙を一枚取り出すと私へ手渡した。
「朝からごめん。ちょっと頼みたいことあってさ」
「はい」
 ほんとはもっと聞きたいことはあるけど、仕事の時は集中しなくちゃ。
 でも用紙に目を向けながら説明をする宮下さんのまつ毛が意外にも長いことやノートラブルの健康的な肌など、宮下さんの声に耳を向けながら観察をしてしまう。時々目を合わせてきてそのたびにどきっと小さく胸を高鳴らせる。もう宮下さんの過去のことや彼女との今の関係を考えたって今更どうしようもない。完全に恋に落ちてしまっている。

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