あなたのヒロインではないけれど



突然、夜空に着信音が響く。

以前聞いた着信音と違っていて、スマホを取り出した氷上さんはスッと表情を消した。


一瞬だけ見えたのは……何だろう? すごく……つらそうな。悲しそうな瞳。


「すみません、ちょっと電話に出てきますね」

「あ……はい」


現実感を無くしてぼうっとしてたけれど、慌てて頭を縦にふり了承を伝えた。氷上さんは鳴り続けるスマホを手にしたまま、裏路地に入ってく。


(誰だろう? でも……私には知る必要も権利もないものね)

スマホを見ると30分近く経っていて、みんなが心配しているかもしれない。そろそろ戻ろう、とお店の暖簾を潜ろうとした瞬間――氷上さんの声が聞こえて身体が固まった。


「ユミ! こんな時間に電話するなっていつも言ってるだろう。は? こっち来い? なにわがまま言ってんだ。今日は歓迎会だって言っておいただろ」


――ゆみ。


氷上さんがそう呼ぶのは、この世でただ一人しかいない。


ゆみ先輩だ。


そう理解した時、胸に掴まれたような痛みが走った。


「バカ! 何を言ってる……明日も無理だってわかってんだろ? 俺もすぐには行けないって何度言えば解る!? っつうか、婚約者に失礼だろうが! もっと大切にしろ」


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