甘いささやきは社長室で
けど、あの男はどうしていつも一方的にキスをして、次の瞬間には普通の顔をしてるの!?
この前も社長室に戻った時にはすでにいつも通りだったし……こっちばかり、動揺させられてる。
「ああもう!悔しい!」
ひとり叫ぶように声を上げると、鏡に映った自分の顔をキッと睨み気合を入れる。
私は秘書。社長秘書。キスのひとつやふたつでひるまないんだから。
前にも根性叩き直すって決めたじゃない。
よし、と気持ちを切り替えると、私はトイレを出て、会社を目指した。
そもそも、桐生社長はどういう意図でキスをするんだろう。
なんとなくの気まぐれ?
誰とでもするから私にも?
それとも、好意を……いや、それはないな。
直接聞いたところではぐらかされそうだし、『きまぐれ』と言われても腹がたつ。『好き』と言われても冗談にしか聞こえないだろう。
あの男が触れてくる理由なんて、考えるだけ無駄と分かっているのに、考えてしまう。
「おはようございます……あれ、」
やってきた会社で、いつものように社長室のドアを開けようとした。けれど鍵は締まっているようで、ドアは開かない。