甘いささやきは社長室で
「桐生社長おはようございます、ちょっと確認いただきたいものが」
すると、社長室の入り口のほうからは、おそらく三木さんだろう声がする。その声に呼ばれ、彼はドアのほうへと向かって行った。
書類に意識を向けているふりをしながら、その背中をチラリと見て小さく息を吐く。
……本当、相変わらずな男。
こっちは、昨日のことを思い出してこんなにドキドキしているというのに。
だって、そう。あんな風に抱きしめられれば、ドキドキだってする。キスをされるより、心が近くにある気がして、意識してしまう。
けれど一方の桐生社長は相変わらず。へらへらして、普通に触れようとして……ああもう、意識してるこちらがバカみたいだ。
「……はぁ」
小さくため息をついて、とりあえず仕事を始めようとバッグから黒い表紙の手帳を取り出す。
今日は、桐生社長には昨日の分の仕事も頑張ってもらって、明日からは一泊で仙台出張。
新幹線もとったし、ホテルもとった、あとは明日用の資料をまとめて……けどあの人と一日中一緒で一泊の出張なんて。
大丈夫だろうか。いろんな面で、不安だ。
って、不安に思っても仕方ない!私は私の仕事をつとめるだけ!
「……よし、」
気合を入れ直し、パン!と手帳を閉じた。