甘いささやきは社長室で



「来栖です。時間ですのでお迎えにあがりました」

「え?あっ!時間!!」



ドアの外からの声にハッとして壁にかけられた時計を見上げれば、時刻は会社を出る予定の時刻ちょうど。

急いでドアを開けるとそこには20代くらいの若い男性が、黒いスーツに身を包み立っていた。



切れ長の目に面長の輪郭をした彼は、にこりともしないけれど、その無愛想さが様になるようなかっこよさを漂わせている。

イケメン社長は運転手までイケメンなのね……。

苦笑いをこらえ、私は彼……来栖くんへ、伸ばした背筋で会釈をする。



「初めまして、本日より社長秘書を務める真弓です。よろしくお願いします」

「……初めまして、運転手の来栖です。普段は秘書課で働いてます」



秘書課で働きつつ、呼ばれた時は運転手として車を走らせているのだろう。

短い挨拶を終えると、それ以上会話は特になく、無表情のまま歩き出す彼に続いて私も歩き出した。



ここから桐生社長が食事をしている先のイタリアンレストランに迎えに行き、その足で取引先の打ち合わせへ……よし、スケジュールは完璧だ。

社長の打ち合わせに同行するなんてもちろん初めてのことなものなだから、どう立ち振る舞いをするべきかは不安だけど……どうせ聞いたところで彼は『やりやすいようにやって』とあのへらへらとした顔で言うのだろうことが想像つく。

それならあの人に聞くよりも三木さんに聞くのが一番だ。今度聞いておこう。



そんなことを考えながらやってきた、会社ビルから数メートルほど先にある駐車場。

営業部の人々が使う社用車などが置かれたその駐車場で、一番端に停められていた黒いセダンに乗り走り出すまでの間も、私と来栖くんの間には会話はない。


無口らしい彼に対し、私も自ら話題を振るタイプでもないのだから、当然の光景かもしれないけれど。



< 33 / 215 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop