甘いささやきは社長室で
無言のまま車に揺られ、そのまま10分ほど走る。
そしてゆっくりと停車したのは、天王洲にある『イタリアーノ』という、レンガ造りの小さめな建物のイタリアンレストランだった。
車の中で待っていると、ちょうどタイミングよく、桐生社長がレストランから出てくる姿が見えた。
その隣には、背の高い女性を連れて。
「……きた」
その姿を見つけ、私は一度車から降りると、後部座席のドアの前で彼を待つ。
そんな私をすぐ見つけると、桐生社長はひらひらと手を振った。
「はーい、マユちゃん。お迎えご苦労さま」
「いえ」
笑顔なく出迎えた私を、黒いタイトめなワンピースを着た女性は、太めの眉にぱっちりとした大きな目で笑いながら見た。
「あら、相変わらず美人秘書を連れてるのね、社長サマは」
「あはは、そうでしょ?じゃあ桜さん、今日はありがとう。またいい店あったら教えてね」
「えぇ、またね」
色気を漂わせながらもどこかあっさりとした態度で、彼女は手を振り去って行く。
ぺこ、と礼をすると私はドアを開ける。そして桐生社長を車に乗せ、自分は反対側のドアから後部座席に乗った。
来栖くんはルームミラー越しにそれを確認すると、車を走らせ始めた。
「はー、美味しかった。やっぱり桜さんの見つけるお店はどこも当たりだなぁ」
走る外の景色を見ながら、彼は満足げにつぶやく。