甘いささやきは社長室で



無言のまま車に揺られ、そのまま10分ほど走る。

そしてゆっくりと停車したのは、天王洲にある『イタリアーノ』という、レンガ造りの小さめな建物のイタリアンレストランだった。



車の中で待っていると、ちょうどタイミングよく、桐生社長がレストランから出てくる姿が見えた。

その隣には、背の高い女性を連れて。



「……きた」



その姿を見つけ、私は一度車から降りると、後部座席のドアの前で彼を待つ。

そんな私をすぐ見つけると、桐生社長はひらひらと手を振った。



「はーい、マユちゃん。お迎えご苦労さま」

「いえ」



笑顔なく出迎えた私を、黒いタイトめなワンピースを着た女性は、太めの眉にぱっちりとした大きな目で笑いながら見た。



「あら、相変わらず美人秘書を連れてるのね、社長サマは」

「あはは、そうでしょ?じゃあ桜さん、今日はありがとう。またいい店あったら教えてね」

「えぇ、またね」



色気を漂わせながらもどこかあっさりとした態度で、彼女は手を振り去って行く。

ぺこ、と礼をすると私はドアを開ける。そして桐生社長を車に乗せ、自分は反対側のドアから後部座席に乗った。

来栖くんはルームミラー越しにそれを確認すると、車を走らせ始めた。



「はー、美味しかった。やっぱり桜さんの見つけるお店はどこも当たりだなぁ」



走る外の景色を見ながら、彼は満足げにつぶやく。


< 34 / 215 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop