甘いささやきは社長室で
「そのためにわざわざ来たんですか。勤務時間外なのに」
「秘書が不倫だなんて話になったら大問題だからね。なんともなかったらなかったで、あそこで食事して帰ればいいかなって思って」
秘書が不倫、そうチクリと刺すような言い方に反論出来ず黙り込む。
「……それはともかく、マユちゃん」
「はい?」
そんな私に、桐生社長は唐突に名前を呼んだかと思えば、私の額に思い切りピンッ!とデコピンを食らわせる。
思わず「いっ!」とあげた声に、タクシーの運転手はこちらを気にかけるようにルームミラーでこちらを見た。
「な……なにするんですか、いきなり」
痛む額をさすりながら見れば、その顔は不機嫌そうに私を見る。
「彼氏ほしいのはわかるけど、焦りすぎ。合コン行くのは結構だけど、ああいう時はきちんと断らないとただの都合のいい女に成り下がるだけだよ」
「都合のいい女……」
「ああいう男はマユちゃんみたいに男慣れしてなさそうな真面目な子を落として楽しんでるだけなんだから。チャンスは今しかないかも、なんて思い込んで安売りしない。待ってれば自然にチャンスはくるから」