甘いささやきは社長室で



いつも叱られることのほうが多い桐生社長からの、珍しい叱るような言い方。



もしかして、心配してくれていた?

だからさっきも、今も、こうして不機嫌そうな顔で……?



「それとも、処女だってこと気にしてるなら最初は僕が……」

「結構です!!」



ところが見直したのも一瞬、すぐにふざけたことを言う彼に私はキッと睨んで声を荒げた。



この男は……ちょっといいこと言ったと思ったらすぐこれだ!

ふん、と顔を背け車の外を見ると、私は小さく呟く。



「……チャンスはくる、なんて、婚約者がいる人には分かりませんよ」



そう。安定ばかりを求める中で、そろそろ結婚という現実にも向き合わなければいけないと、どこか焦る気持ちを抱いている。

そんなこの心のことなど、なにもせずとも結婚相手が決まっている彼には分からないこと。



「あれ、知ってたの?」

「えぇ、昨日見かけた際にほのかから聞きました。かわいい方でしたね」

「うん、見た目も中身もかわいい人だよ。あ、でももちろんマユちゃんもかわいいと思うよ?」



『かわいい』の言葉を否定しないのは、とても彼らしい返事だと思った。

それと同時に私へのお世辞も忘れない、そこもまた彼らしいと思いながらわたしは「それはどうも」と適当に流す。



「……まぁ、僕は皆がそこまで結婚したがる理由がわからないけどね」



すると、ぼそ、と呟かれたひと言。

その言葉に驚き、つい顔の向きを桐生社長へと向けると、隣に座る彼は小さく笑う。


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