甘いささやきは社長室で



「僕の家はさ、親が離婚してるんだよね」

「え?そうだったんですか?」

「うん。僕が小学校にあがるくらいの頃かな、母親が不倫して出て行ったんだ」



親の、離婚……。

予想もしなかったその話に驚いてしまう。



「僕は父親に引き取られたわけだけど……父親が会社経営者ってこともあって、家やお金が絡んで泥沼離婚になっちゃって。母親が『金よこせ』って父親に詰め寄ってる姿を、何度も見たよ」



はは、と笑い混じりで言うけれど、その横顔は笑っていないのがわかる。

明るく言っても、自分の両親が離婚っていうだけでもショックなのに、お金のことで揉めてる姿を見たなんて、もっとショックだっただろう。



「そういうの見て、知ったんだ。結婚という誓いをたてても、結局は人はひとりで、心までつながるなんて出来ないって。夫婦というものを必死に支えてるのは、生活とお金、将来性だけだってこと」



心までつながるなんて出来ない。

その言葉から、知る。彼が結婚に夢など見ていないこと。

そもそも、愛情に期待なんてしていないこと。



「だから結婚も、僕にとっては仕事のうち。そう割り切れば、ダメになっても失望なんてしない」



はっきりと言い切って、私の目を見て笑う。けれどその目は寂しげで、この胸に針のように刺さった。



その時、ゆっくりと車は停められる。

見ればそこは住宅街で、自分の住む小さなアパートの目の前だった。



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