甘いささやきは社長室で



「理由、ですか?」

「うん。だって人生はひとりでも生きていけるし、結婚なんてしなくても一緒にいる異性をつくるなんて簡単だよ。老後が不安なら貯蓄して準備をしておけばいいし、結婚する理由なんてなくない?」



女性は好き、だけど仕事以上の付き合いにはならないのは、婚約者がいるから。だけど、それだけじゃない。

そう意味するように否定的な言い方をする桐生社長に、私は彼を見たまま言う。



「……好きな人とずっと一緒にいたいと思うのは、当然だと思いますけど」



ひとりで生きていたくないとか、老後のこととか、そういうことを考えるのもわかる。

けれど、結婚っていうのはそれだけじゃないっていうことくらい、安定ばかりを夢見る私にだって分かる。



好きだから、一生をともにしたい。そう思うものだろう。



「ピュアだねぇ、マユちゃんは」



けれど、そんな私のひと言すらも彼はおかしそうにせせら笑う。

その言い方が褒めているものじゃないことは簡単に伝わり、私はムッとそれ以上の反論を飲み込んだ。



一瞬静かになった車は、エンジン音だけを響かせながら東京の街を走っていく。


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