甘いささやきは社長室で



「もとは会社員だったんですけどね、私が3歳の頃に辞めて、それからラーメン屋を開いて潰れて、飲み屋・レストラン・洋服屋・リサイクルショップ……」

「おぉ、範囲が広いねぇ」

「えぇ。才能があるのかないのか知らないですけど、出だしは好調で。でも結局潰れての繰り返しで、私も母も、いつも振り回されてたんです」



もともとマイペースな父だった。



『父さん明日からレストラン始めるから!』



そう言った次の日には物件を決めて、従業員を募集して……と仕事が早く、気づけばお店を開いていた。

最初は目新しさなどで人は集まってくる。けれどそれは続くことなく、数年後には結局そのお店はたたむことになる。



幸い、父の実家が裕福だとかでなにかと面倒を見てくれていたから、私たち一家は路頭に迷うこともなく、大きな借金を背負うこともなかったけれど……。

それでも、そんな頼りない父が、私はあまり好きじゃなかった。



「やりたいことに恐れず挑むのはかっこいいと思うけどなぁ」

「えぇ、父も言ってました。『夢を追うのが男のロマンだ』って。でもそれに付き合わされるこっちはたまったもんじゃないですから」



父が仕事を変えるたび、友達には『お父さんまたお仕事変えたの?』と笑われ、親戚にもバカにされた。

その度嫌な気持ちになり、やりすごすのは私や母の仕事だ。



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