甘いささやきは社長室で



「いつまでも安定せずにあれこれ仕事に手を出す父を見て、私の夢は『安定した人と結婚すること』になりました」

「あぁ、それでだったんだね」

「だけど母はなんだかんだ言いながらいつも父を支えてて、時には喧嘩をしても、結局母が『仕方ないわね』って許して、ふたりはいつも笑ってました」



母は、私以上に苦労をしていたはず。

父が仕事を変える度に合わせて一緒に店を切り盛りしたり、上手くいかないときはパートで家計を支えたりしていたから。

だけどそれでも、母は父を見捨てたりしなかった。



決して裕福な家庭じゃなくても、安定しなくても、幸せそうに笑ってる。

私はそんなふたりを見て、父のような結婚相手は絶対に嫌だけど、そこまで相手を支えることができる母を少し尊敬したりもした。



「今はふたりでラーメン屋やってるんですけどね、それもどうなるんだか……けどまぁ、ふたりが幸せそうだから、それはそれでいいと思ってます」



相変わらずマイペースな父と、その背中を叩く母。そんなふたりの姿を思い出し小さくこぼれた笑み。

その顔を見て、桐生社長は少し驚き問いかける。



「ご両親の話を、どうして僕に?」

「そういう家庭もあるんだってこと、知ってもらいたくて」

「え?」



こんなあまり周りに話せるようなことじゃない話を、わざわざあなたに話した理由。

それは、知ってもらいたいから。伝えたいと思うから。


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