甘いささやきは社長室で



「おとうさん、おかあさん、手つなごうよーっ」



聞こえた幼い声になにげなく目を向けると、そこでは5歳くらいの男の子が両親であろう男女と手をつなぎ歩いている。

仲良く手をつなぎ笑う、3人の家族の幸せな風景。

そんな景色に一瞬目を向けて、ちらりと隣を見ると、桐生社長もその景色を見たかと思えばすぐに目を背けて歩き続ける。



それはまるで、その景色と向き合うことを拒むかのように。



幼い頃は仲のいい家族だったのかもしれない。

今ではこうして会社を動かす桐生社長も、もとはひとりの子供で、あの家族のように両親の愛に抱きしめられた時もあって、だからこそ余計にそのことがショックだったのだろう。



『家やお金が絡んで泥沼離婚になっちゃって』



結婚に期待などしないと言った。夢を見る私を笑った。だけど、もしかして本当は。



「桐生社長、私の個人的な話をしてもよろしいでしょうか」

「え?うん、どうぞ?」



突然話を切り出した私に、彼は歩き続けながら不思議そうにこちらを見た。



桐生社長に話しても、どうしようもないことかもしれない。

だけど、それでも。聞いてほしいと願うことがある。



「私の父、自称起業家なんです」

「へー……ん?自称?」

「えぇ。あれこれ事業を始めるんですけど、全くといっていいほど続かなくて。だから、『自称』」



淡々と話す私に、桐生社長は笑っていいのかわからないといった様子で、少し複雑そうに小さく笑う。



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