チェロ弾きの上司。
第一曲が静かに終わると、みんなからため息がもれた。
弦楽器のなかでは、掃き溜めに鶴が2羽状態だった。
あたしも、もっと上手くなりたい……!
指揮の羽生さんが、スコアを戻しながら言う。
「じゃ、頭に戻って確認しながらやっていきましょう」
「チェロ、入り遅れた」
指揮の羽生さんが曲を止めた。
「すみません。オレのザッツが曖昧でした」
うそっ!
あの真木さんが謝った!
ちなみに、ザッツとは、アインザッツの略。休みの後にみんなで演奏を始めるとき、前拍に入れる、“せーの”みたいな体の動きやブレスのこと。トップやコンマスがこれをして、他の人はそれを見て合わせるのです。
真木さんは後ろのメンバーを振り返り、
「ここはザッツ出しますので、見てください」
と穏やかに言った。
うそー。下から穏やかに、だなんて!
もっと、オレについて来いタイプのトップかと思ったのに!
真木さんがオケに来た初めての日は自分の耳が信じられなかったけど、今日は、自分の目が信じられない。
あー。会社でもこのくらい優しかったらいいのになぁ。