不器用ハートにドクターのメス
このまま家に帰ったら、きっと自分は、何度も先生のことを疑ってしまう。
大好きな人のことを、自分の中で勝手に疑い、間違った像を作り上げてしまいそうになる。
それが、とても嫌だった。だから、なけなしの勇気を振り絞って、ここに来たのだ。
深呼吸しながら、真由美は一度、辺りの様子を伺った。
手術部の上の階である6階は、とても静かだった。
倉庫のように狭めの宿直室が、廊下に面してずらりと並んでいる。
もう一度、目の前のドアを見つめ、真由美はごくりと、息を飲んだ。
何かを聞きたいわけじゃなかった。
挨拶だけ。顔を見て、目を合わせて、さようならと自分から挨拶をして……そこで、いつもみたいに、ほんの少しだけ笑みを含んだ低い声で、先生が挨拶を返してくれたなら。
それだけで、心が落ち着く気がした。
ウワサなんて全部忘れようと、そう思える気がした。
まだ勇気は出ないけれど、ここに突っ立っているところを他のドクターに見られたら、自分だけでなく、神崎先生が変に思われるかもしれない。
心を決め、真由美は軽く、宿直室のドアをノックした。
一秒、二秒、三秒。秒数が経つごとに、心音は大きくなっていく。
「……はい」
奥から、返事があった。
それだけで真由美は、泣きそうになった。
しばらく、間があった。
そういえば、と真由美は思い出す。緊急の際にオペ看が呼びに来られるよう、宿直室は基本、施錠していないのだということを。