不器用ハートにドクターのメス
なのに、こんなもんでも喜ぶんだなと、神崎は少し顔をゆるめて言った。
「6月は紫陽花が大量に咲くらしいぞ」
それは、ネットで見た情報だった。
旅行の宿を決めるのに色々と調べていた際、たしかそんな一文があったと、思い出したのだ。
鮮やかな色をした紫陽花が連なる様子はなかなかの絶景であり、わざわざ6月を選んで旅行する客もいるらしい。
「紫陽花……」
落ちてきたつぶやきに真由美を見れば、対向の窓をうっとりしながら眺めていた。
きっと、紫陽花が咲き乱れる景色を想像しているのだろう。
そんな様子に、神崎の口元はほどけ、目元は自然とほころんでいた。
人の言ったことを素直に受けとって吸収し、大切に、自分の中で膨らませる。
福原のこういったところに惚れているのかもしれないなと、神崎は改めて、真由美を愛おしく思うのだった。
ケーブルカーを降りて、少し歩いて坂を上ったところに、神崎が予約を入れた宿はあった。
大型の宿泊施設ではなく、民宿のようなこじんまりした建物だ。
大人が贅沢に、ゆっくりと休息をとれるようにというのがコンセプトの宿は、客の受け入れを1日4組しか行っていないらしい。
落ち着いた造りであることにくわえ、車が通行できる道より少し奥まった場所にあるせいか、日常から切り離された別邸感が、そこにはあった。
チェックインを済ますと、淡い桜色の制服を着た仲居が、すぐに部屋に案内してくれた。