いつか孵る場所
その寂しい毎日がようやく終わりを迎えようとしている。

36週6日。

ハルは点滴を抜かれ、明日の朝、様子を見てから退院となる。

どこか心がウキウキしていた。



「これで陣痛が来たり破水したらまた入院になりますけど…。
今の状態だとしばらくは持つかな、と思います」

とは主治医の江坂。

「家に帰って少しゆっくりしてください。
透先生と二人で過ごす時間もあと僅かですし」

江坂の言葉に思わず泣きそうになる。

子供が産まれるのは嬉しいが、二人で過ごす時間はもうほとんどない。

そう思うと寂しい。

出来るなら20代後半くらいに再会して、二人で色々と過ごしたかった。




江坂が出て行った後、ハルは母子手帳の入ったケースを開いた。
ケースの中にあるポケットに入れてあるもの。

それは高校の時に二人で撮った写真。
その後ろには結婚式で撮った写真。

ハルの大切な宝物だ。







「ハル、こんなものが出てきたけど」

10月中旬、ハルが住んでいたアパートを引き払うために透と二人で整理していた。
この際だからいらないものはすべて処分することに。

「ああ…。そこに入れていたのね」

本棚の奥に封筒に入れて仕舞ってあった。
中には高校の時に透と撮った写真。
それほど数は多くない。

「懐かしいねえ」

透が微笑みながらそれらを見つめた。

「処分?」

「するわけないでしょ」

「だよね~、僕、ハルとの高校の時の写真、一枚もないからこれからもハルが大切に保管してて」

そう、透は親に見つかれば燃やされそうな勢いだからすべてハルに渡していた。

「これって確か、拓海が撮ってくれたんだよね」

北校舎の廊下で二人に声を掛けた拓海。
振り返った瞬間のごく自然な表情が撮れていた。
そう、その写真のほとんどは拓海が撮った。

思い出すだけで胸がいっぱいになる。
今になってこういう写真が大切になるとは思いもしなかった。



「ありがとう…本当に」

今はこの世にいない彼にハルは感謝の言葉を呟いた。
< 182 / 200 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop