いつか孵る場所
「お疲れかと思ったけど、来ちゃった」

面会時間は21時までだが、真由が20時頃に来た。

「いえいえ、来てくれてありがとう」

ハルは頭を下げる。

「無事に産まれて良かったわ!おめでとう!
入院したり、色々と大変だったもんね」

真由はガラス越しに見る凛を嬉しそうに見つめる。
凛はすやすやと眠っている。

「あのっ、真由ちゃん」

ハルは思い切って言ってみる。

「今朝、凛を産んでからとても眠くなって…。
多分、そんなに長い時間じゃなかったんだけど、柏原君の夢を見た気がする」

真由の顔色が変わった。
そして切なそうな横顔を見せる。

「…そう。
今日は拓海君の命日だしね。
何かを知らせに来たのかしら」

手のひらをギュッと胸の前で握る。

「『良かったね』って何度も言ってたような…」

真由の目に涙が浮かぶ。
うんうん、と頷いて

「そっか、そうなんだ」

「最初、透が何か言ってるって思っていたの。
顔も見えないし…。でも何かが違っていて…。
目が覚める瞬間、はっきりと柏原君の顔が見えて。
名前を呼んだら、目の前に本当の透が居たの。
…もう、何だかわからなくて」

「そっか、だからハルは拓海の名前を呼んだんだ」

突然、後ろから声が聞こえて真由とハルは慌てて振り返る。
白衣姿の透が立っていた。

「部屋にいないからここだろうと思ったけど…」

やれやれ、という表情をして透は部屋に行こう、と言った。



「拓海は今でも僕達の事を心配しているのかもしれないね」

部屋に戻って透はポツリ、呟いた。

「確かに僕と拓海は顔とかは全然違うけれど似ているといろんな人から言われていたよ。
たまに見せる仕草とか性格が瓜二つらしい。
僕と拓海はそれぞれ全く違う別人ってお互い思っていたけど。
ひょっとしたら前世で1人の人間でこの世に生まれるときに二つに分かれていたりしてってよく冗談で言っていたけどね」

透は遠い昔を思い出して笑った。
しばらくして真面目な表情を見せ、

「凛が産まれた時間を見て、僕は鳥肌が立ったよ。
20年前の今日、午前6時50分、この病院で拓海は息を引き取り、その20年後の今日午前6時51分にこの病院で凛が産まれた。
…長い年月を掛けた命のバトンタッチが拓海の手から凛の手へ」

透の目がキラキラと光る。

「そんな気がするんだ」

そう言って天井をぐるり、と見つめた。
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