私のエース
 私は彼と一緒に一般席みずほの旅立ちを見守っていた。
磐城君の姿も近くにあった。


いくら結婚を許された恋人でも、家族席なんかに座れないのだと思っていた。
磐城君の哀しみが私の心とシンクロして、頬を大粒の涙で飾った。


彼はそれに気付いてハンカチを渡してくれた。
私はそれに期待していたのだ。
彼の前で可愛い女性を演出する。
そんな小細工で私はエースを手に入れることが出来たのだ。


だから今日、磐城君が『でも彼氏も陰で言ってたよ『ずっと気になっていたって』さ』って言ってくれたことが嬉しかったのだ。




 読経の音と木魚の音。
斎場内にあるホールに広がる。
そこかしこですすり泣きの音が聞こえる。
私はハッとした。
自分が後ろめたいことをしているからなのか?
どうしても泣いている人が気になる。
私は目だけ動かして、顔をくしゃくしゃにして泣いてる懐かしい木暮君を羨ましく見ていた。




 だから尚更木暮君に興味を抱いたんだ。


木暮君は磐城君の親友だった。
サッカー部のエースになると言う、同じ夢を見ていた仲間だった。
木暮君も磐城君同様にサッカーセンスもパワーも超一流だった。


そんな木暮君が突然サッカーを辞めた。


それには木暮君のお兄様の死が関与していた。


デパートのエレベーター前で首を斬られた男性の遺体が発見された。
それが木暮君のお兄様だったんだ。
そんなことを思い出しながら、木暮君のことを見ていた。




 最後の別れに柩の中に花を入れる。
磐城君は別れを惜しむ振りをして、隠し持った赤い糸をみずほの指先に結んだ。
それはさっきまで磐城君の小指に結ばれていた物だった。


二人は運命の赤い糸で繋がれている。
私はそう感じた。


その時私はみずほが話してくれまおまじないを思い出していた。


それは朝だった。
みずほと磐城君に会うために示し合わせて愛の時間を堪能していたのだ。


『オハヨー』
『好きだよ』
『アイシテル』
なんて言いあって……


みずほは何時も赤い糸を持っていて、サッカーグランドの見える木に結び付けるそうだ。『サッカーが上達しますように』そう言いながら……


『はい、私のおまじない効くのよ』みずほはその後でその糸を磐城君のスパイクの中に入れるんだ。


磐城君はきっと、その中の一本を持って来たんだ。
私はそう思った。




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