偽りの御曹司とマイペースな恋を


付き合い始めてから同棲するまでも喧嘩というのはあまりしない。

いや、ほとんどしない。

歩が何を言っても瓜生はマイペースに返事をするだけで怒ることはない。
無茶をしたり夜更かしをしたりするとちょっと怒るけど激怒まではいかない。

「絶対絶対おかしいよ!」
「おかしくない」
「おかしいもん!」
「おかしくない!」

その日は珍しく喧嘩というものをした。

お互いの意見が合わずに感情的になって。
流石に罵り合うとか殴り合うまでは行かなかったが険悪な空気になった。
理由はとても単純なことなのに、何処までも一方通行で平行線。


そのまま朝を迎え険悪なまま瓜生は休日だというのに仕事へ行く。

歩はのんびりと昼近くまで部屋で寝ていた。

「あ…朝ごはん……お昼もある」

最初は彼が休日出勤しているなんて知らなくてなんとなく気まずくて
部屋からでずにベッドでごろごろしていたがやはりお腹がすいたので
リビングに出てきた。

喧嘩した手前、もしかしたら食べるものとか何もないかも。

歩が好むインスタントは瓜生が嫌うので置いてない。
だから非常食がない。食料自体はあるから作ってもいいけどちょっと面倒。
不安に思ったが机の上にはちゃんといつものように朝食が置いてあって
台所では温めるだけでいい昼食もちゃんと置いてあった。

ついでに今日は仕事で居ないということも今ここで知る。

「……イツロ君が悪いんです」

勿体ないから朝食と昼食を一緒に食べる。
でもまだ納得はしない。

向こうから謝るまでは。

「……」

もぐもぐしながらなんとなくテレビをつける。

「……」

でもすぐに消した。

「……。…謝ろう」

さっさと謝って一緒に朝ごはん食べたら良かった。

ひとりは寂しい。




「気持ち悪い人形を買うか趣味の悪い本を買うか…」

休日出勤で昼過ぎには帰れるはずが結局夕方になる。
会社帰りはいつもの様にスーパーで夕飯の買い物をしているので今日もする。
あの時は感情的になってしまったけれど、今はもう落ち着いているつもり。

なんとか歩の機嫌を取ろうと思っているのだが上手い方法が見当たらない。

朝も顔を出さなかった。ちゃんとご飯を食べてくれたか。心配だ。

「……その前に、…居るのか部屋に」

買い物袋と買って来た物をもって部屋の前まで来て立ち止まる。

もしドアを開けて誰も居なかったらどうしようか。

選ぶのに時間がかかって思いのほか遅い時間。

どうしよう、玄関を開けるのが怖いなんて。

「……歩」

緊張しながらも鍵を入れてドアを開ける。

彼女の靴は……無かった。


< 54 / 72 >

この作品をシェア

pagetop