姉弟ごっこ
けれども事実、休憩時間の終わりはもう差し迫っているし、それになによりお客さんたちが私たちの周りに人集りを作り、催事場は騒然とした空気になっている。

「わかったわかった。そんなに心配なら今日は俺、早く帰るから」

周囲のざわめきが一層大きくなった。女性客たちは驚きと好奇の目を私に向けている。
きっと哲史の言葉に、変な誤解をしているに違いない。

「いや、そういうことじゃなくて」
「だからねぇちゃんは早く店に戻れ、心配しなくていーから。な?」

私がこれ以上、ここにいると迷惑になる。

心配だけど。ここは哲史の言う通りに、ショップに戻った方がいいかもしれない。
出入り口で一旦踵を返したら、再び哲史は女性たちに囲まれて話しながら笑っていた。
そして私に気づくと、「帰ったら思う存分扱き使ってやっからな!」などと、冗談か本気かよく分からないことを言った。

そっと、右手を背中に回した。
たぶん周りに迷惑を掛けないように、やせ我慢をしている。右手を隠して、平気そうに笑ってることがなによりの証拠だった。

『でも俺ってほら、職人だから手が命じゃん?怪我でもしたら仕事になんないじゃん?』

どうしよう、私のせいだ。

大事な作品展の初日だというのに、怪我をさせてしまうなんて。

「ーーただいま」

フェア初日の激務を終えて家に帰り、玄関のドアを開けると、たたきに哲史のスニーカーがぞんざいに脱ぎ捨てられていた。
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