姉弟ごっこ
私の手首を掴んだ哲史は、自分の唇にもってった。

「俺のために手を真っ黒にして、砂掘ってくれたよね。小さい頃はいつも一緒にいるのが当たり前なねぇちゃんだって思ってた」

背筋がぞくっとする。
吐息でキスするように、甘い声で囁き掛ける。

「でも今は、ねぇちゃんがさっきまで持ってたコーヒーカップにも、座ってるベンチにだって欲情してる」

哲史と何日間か一緒に過ごして、気づいた。

大人になってから座れば、公園にあるベンチって意外に狭いんだってことと。幼い頃に日常を当たり前に一緒に過ごした弟分と時を経て再会すれば、面影と変化を併せ持った一挙手一投足に翻弄されるということ。

それから。

誰かを信じて、裏切られて。傷付いた古くて暗い歴史や、新しく作られた苦い記憶はできれば一掃しちゃいたいけれど。

抱えて生きるのも、悪くはない。
だってそれに寄り添ってくれた、忘れがたい優しい記憶もあったんだ。

『ねぇちゃんは、悪くない』

どれほど救われたか計り知れない。忘れたことなんてなかった。
だからこそ、大人になったらすがっちゃいけない気もした。

だってもう、私たちは子供じゃないから。
哲史に対して境界線を張っていたのは他でもなく、私自身だったのかもしれない。

「見えてるよ、ちゃんと。一人の男の人に」
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