平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
春を先取りしたパステルイエローのワンピースを着て、画面の中で華やかな微笑みを浮かべながら喋る女子アナの声に、トーストを囓っていた手が止まった。

テレビから流れてくるの芸能ニュースは、ハリウッドセレブ同士の熱愛報道とか、国際的に活躍する某スポーツ選手と清純派女優の入籍情報だとか。
とにかく華やかな話題に事欠かない。

婚約指輪がン千万円? プライベートジェットっていくらするの?
あまりに違う次元の話に、同じ地球上の同じ種類の生物だとは思えず笑い出しそうになる。

さすがにそこまで高望みするほど、身の程知らずではないつもりだけど。
狭いワンルームの部屋をぐるりと見渡した。
きっと彼らの住む家の玄関にも負ける広さだろうと想像すると、労働意力も半減するというもので。

最後の一欠片をインスタントで淹れたカフェオレで流し込むと、よろよろと出勤の支度を始めた。
羽織るのは、まだ冬を引きずるチャコールグレーのコート。いいの、まだ寒いから。
グルグル巻きにしたマフラーで完全防備して、マンションの安っぽいドアを押した。

はらはらとドアの隙間に挟まれていたらしい紙が足元に落ちる。

チラシ? 紙ゴミの日はいつだっけ?

浮かんだ疑問に、そのチラシをコートのポケットに突っ込んだ。急いでせっかく履いたブーツを脱ぎ、室内へと引き返す。

危なかった。今日は月に一度の缶の日だ。

いっぱいに詰め込まれた空き缶のゴミ袋を手に部屋を出る。
発泡酒や酎ハイが主なその中身は、二十代女子が持つには、ちょっと恥ずかしい。

せめてビールの缶だったら少しはましかな?

そんなところで見栄を張ってもしょうがないことに気づいてゴミ捨て場に行くと、分別に目を光らせる管理人兼大家さんの話し声が聞こえる。

また、違うゴミを入れて怒られているマンションの住人かな?
お喋り好きの彼女に朝っぱらから捕まっては面倒くさい。

「おはようございます」

眼を合わせないよう俯き気味でそろりとゴミ袋を指定の場所に置き、そうそうに退散しようとしたけど、案の定呼び止められた。

「おはよう、北村(きたむら)さん。ねぇねぇ、こちら、新しく引っ越してきた人なのよ」

やけに明るい声につい顔を上げてみれば、大家さんの横幅に隠れていた人影がすっくと立ち上がった。
< 2 / 80 >

この作品をシェア

pagetop